彼の隣にいられるだけで
彼の笑顔を見れるだけで
自分は幸せなのだと実感する

彼に抱かれる度に
彼に口付けされる度に
彼と手を繋ぐ度に
ゆっくりと、静かに……愛しさが、あたしの胸に降り積もっていく。






「ただいまーっ」
「おかえり!」


切原という苗字になってから。つまり、…赤也のお嫁さんになってから。早いことで、もう1年の月日が過ぎた。
プロテニスプレイヤーの赤也は、月に1回くらいのペースで海外の試合に出ている。
そのため数日くらい家を空けることもあるけれど(あたしもたまに付いてく時があるけど)、そうじゃない時は、
トレーニングが終わり、仕事が終わると、すぐに家に帰って来てくれる。
ある日、プロ仲間の人に飲みに誘われた時も断って家に帰ってきてくれたので、行ってもいいんだよと言うと、
「いいんだよ。お前が最優先だもん」
と言って、ちょっとはにかんだ笑顔で笑った。

その時、あたしは改めて実感したのだ。赤也のお嫁さんになってよかった、なれてよかった  と…。


「今日もお疲れ様!」
「ほんっとまじ疲れた。トレーナーのオッサンがさ、今日は何か燃えててよ」
「あはは…山西さんでしょ?元気だよね」
「そうそう。いくつになっても変わんねーよな」

赤也はそう言いながら玄関にテニスバッグを置くと、リビングへ入ってきた
ソファへ腰掛け、はあーっと大きく息を吐く

「そうだねー。あ、先にご飯にする?それともお風呂?」
「いや、お前がいいな〜」
「…もう結婚して1年も経つんだから、そんな恥ずかしいこと言わないの!」
「ちえーっ……………じゃあメシ」


不貞腐れる赤也が可愛くて、つい頭をぐしゃぐしゃーってしたら、怒られました。
あたしはごめんごめんと謝りながら、赤也に後ろから抱きつく


「何?今日はえらく甘えんぼじゃん」
「なんとなくー」


嗅ぎ慣れた ( っていうと何かあれだけど )、あたしの生活の一部でもある、赤也の匂い。
トレーニング後だから、少しの汗臭さと、制汗剤が混じったような匂いがする。
やっぱ男の人なんだなあーとか思いながら、髪の毛でくるくる遊んでいるとまたもや怒られました。



「ん?」


呼ばれたので返事をすると、赤也はぐるりと体を反転させ、あたしの頬を撫ぜた
ゆっくりと目を閉じると、あたしの唇に赤也のそれが触れる。
もうとっくに覚えてしまった、少し乾いた、赤也の唇。
そこから伝わる、あたしを想ってくれる気持ちが嬉しい。
あたしの気持ちも、赤也に伝わっていればいいのに…。そんなことを思いながら、赤也の背中に腕を回した


「…なー
「ん?」
「メシは?それとも、ほんとにお前?」
「…んなわけないでしょ!今すぐ作りますー」


あたしはさっと赤也から離れ、キッチンへ。
結婚と同時に、新しく3LDKのマンションを買い取り一緒に住み始めたあたし達。
テニスの大会で優勝しまくって赤也は結構お金を持ってたので、ちょっと奮発しちゃったのだ( ローンだけど )
キッチンもあたしの希望を結構取り入れているので、キッチンにいることは嫌いじゃない。むしろ大好きだ

今日のメニューは肉じゃがと、山芋たんざくと味噌汁。
スポーツ選手だから、食生活にも気を遣わなくちゃいけない。
でもそれさえも、赤也の妻なんだと実感できるので、結構幸せなことだったりする。超大変だけども。

肉じゃがと味噌汁はもう作っておいたので、暖めるためお鍋を火にかける
冷蔵庫から山芋を取り出し、皮をむき短冊切りをする
山芋はつるつるするから気をつけないとあたしはしょっちゅう手を切る。赤也に日々ドジだと言われております。

切った山芋を小鉢にうつし、ぐつぐつと煮だってきた肉じゃがと味噌汁の火を止める
布巾を水で洗い絞って、ダイニングの食卓を拭き、お箸とコップを並べる
肉じゃがを大きめのお皿によそい、それを自分でとるための小鉢と共に食卓に並べ、
お味噌汁をよそい、並べ、ご飯をよそい、並べ…そんな風に繰り返し、やっと食事の準備が出来る


「どうする?ビール飲むー?」
「あーうん、1缶だけ飲むわ」
「おっけー」


冷蔵庫から缶ビール( ちなみにアサヒ )を1つと、お茶を取り出す
それを持って食卓に行くと、赤也はもういつもの位置に座っていた。
あたしも赤也の向かいに座り、ビールを開ける
赤也が差し出したコップに一杯ビールを注ぐと、今度は赤也がお茶のボトルを開けた
あたしもコップを差し出して、入れてもらう
これはもう、恒例というか、うちの決まりみたいなもので、一緒に住み始めた時からやっていることだ


「「 いただきます 」」


それを合図に、あたしも赤也も箸を持ち、食べ始めた。





「あー食った食った!美味かった〜」
「そう?よかったー」
「ってことで、風呂入ってくっかなー」
「うん、行ってらっしゃい」


赤也は食卓にあった空いた食器をまとめ、キッチンに持って行ってくれた
そんな心遣いが、毎度ながらすごく嬉しい。
赤也はそのまま、バスルームへと向かった。あたしは立ち上がると、キッチンへ向かう
エプロンを付けると、シンクに置かれた、さっき赤也が持ってきてくれた食器を洗い始めた

手際よく、さかさかと洗ってゆく。
すべて洗い終え、食器乾燥機へ入れ、スタートボタンを押す。
それから、シンクの三角コーナーの生ゴミの入った袋を取り出し―――――


「…っう、」


ふわり、と漂った生ゴミの匂いを感じた途端、襲いくる嘔吐感。
堪えきれず、シンクにこみ上げてきたものを吐き出す。


「っ、ハア、ハア……」


体にうまく力が入らずそのままシンクにもたれかかっていると、赤也がお風呂から出たらしく、
あたしを探してキッチンにやってきた
そしてあたしの姿を視界に入れた途端、血相を変えて駆け寄ってくる


「ちょ、!?どうした、しんどいのか?」
「ぁ、かや…」
「病院行くか!?」
「ううん…大丈夫…」


水を出し、口の中をゆすいだ
だんだんと気分が楽になってきて、体に力も入るようになった
ふう、と息を吐いて、しっかりと立ち上がる


「どうしたんだ…?風邪引いたか?熱ある?」
「…。赤也、」
「体温計持ってこようか?あーでもやっぱ病院」
「ちょっと待ってて」
「へ?」


ブツブツ言いながら混乱しまくってる赤也を置き去りに、私はトイレへと駆け込んだ
戸棚の一番奥に隠しておいたソレを…ゆっくりと取り出す


「( …まさか、だよね。でも………もしかしたら――――― )」





ジャー……バタンッ

「っ!どうしたんだよ急に…」
「…。」
「…?……!?何泣いて…」
「あ、赤也…っ」


たまらずに、抱きついた。
そしてそのまま赤也の胸にしがみつき、涙を流す

次々と溢れ出るそれは、とどまることを知らない。


「どうしたんだよ…」
「…体調が悪いわけじゃないの」
「え?」
「違うの…そうじゃなくて、その…」


いざ、言葉にしようと思うと、上手く言えない。
無意識にお腹に手を当てると、それに気づいた赤也が、目をまん丸にした。


「!!まさ、か…」
「…そう、あの、ね」
「できたの、か?」

「……うん」


さっき…トイレの戸棚から取り出したものは、妊娠検査薬 だ。
いつか役に立つのではないかと、少し前に買っておいたもの。

結果は陽性。――――― あたしのお腹に、赤也との赤ちゃんがいるということ。


「ここにね…赤也との赤ちゃんがいるって思うと…嬉しくて、嬉しくて…涙がね、とまんないの」
「ッハハ…ばかやろ…」
「…なに、赤也までウルウルしてんのよ…」
「気のせいだ、バカ…」


ぎゅう、と  お互いに強く抱き締めあった。

感じ慣れたはずの赤也の温もり。とてもとても、安心できて…、そして  愛しい。
出会った頃から変わらないモジャモジャしたクセっ毛も…赤也らしくて、大好き。
あたしの頭を優しく撫でる手も…やさしくて、あたたかくて、とても大切なもの。

そして…あたしのお腹の中にいるあなたが…なによりも大切で、大好きで……愛しい。


ふわり、ふわりと  まるで冬に降る美しき雪のように、いとしさが降り積もる

それはとても暖かく………あたしと赤也を、包み込んでいく。


( どうかこれが 夢ではありませんように。 )



神様、もしもいるのなら。

これ以上ない幸せを ありがとう。


――――― そして、どうか



「ねえ赤也」
「ん?」
「愛してるよ」
「ふ…俺も愛してるっての」




いとしさがもる




この幸せをいつまでも………感じさせてくださいますよう。



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