春は、花の季節。
ピンク色。
濃い、紅い色。
グラデーション。
薄黄色に、白。
様々な色。 形、ニオイ。
────不勉強で、名前がわからないが。
「ん、コレはわかる」
ぽそり、は言って頷いた。
上から垂れるように、棚から零れ落ちる。
ぐるりと絡まるようなツタ。
薄紫色。
白と紫色。
淡い紅色。
白。
強いと思えるほどの、甘い香り。
・・・・藤だ。
「・・・・ここまで咲いてると見事だなぁ・・・・」
思わず、見上げながら呟いた。
藤棚が、ずっと続いている。
藤の合間からは空。
・・・・今日は、薄曇。
花曇というやつか。
(晴れ晴れしてないけど温かいなぁ・・・・春だねぇ)
この、ぼんやりとした空気。
はこの春の独特の空気が嫌いではなかった。
────カシャ
・・・・音に、は瞬く。
────カシャ
音は、繰り返し聞こえた。
(うぉ・・・・っ!!)
音のほうへと視線を向けて、は動揺した。
しゃがみ込んで、写真を撮っている人がいたのだ。
空のほうばかり見ていて気がつかなかった。
(危ない危ない・・・・踏むか蹴るかするところだったよ・・・・)
────カシャ
の動揺など気付く様子もなくそのシャッター音は続く。
池の周りをぐるりと藤棚はあり、その人は池と、池に映る藤とを撮っているようだった。
(あ、ナルホドね・・・・)
そう思いながら進む。
進もうとして・・・・何かがひっかかった。
(────ん?)
その写真を撮る人を、は勢いよく振り返って見てしまった。
その人は・・・・
「────不二、さん?」
小さく呟く。
・・・・小さい呟きだったのだが、その人には届いていたらしい。
「はい?」
(やっぱり・・・・っ)
写真を撮っていたのは・・・・の憧れの人。
不二周介だった。
「? こんにちは」
憧れの人・・・・だから。
(ぎゃーっ!! あ、挨拶された・・・・っ!!!)
────不二は多分、を知らない。
と不二の共通点を挙げるならば・・・・同じ町に住んでいる、というだけだった。
(は、はじめましてとか言うべき? でもでもイキナリそんなこと言ったら変?!)
・・・・初めて不二を知ったのは、友人の通う学校の学園祭に行ったとき。
そこで、テニスの練習試合が行われていた。
────その時試合をしていたのが・・・・不二だった。
練習試合とは言っても、白熱するものだったのだと思う。
コートに立つ不二は、真剣そのもので。
『ゲームセット!! ウォンバイ不二! 6−3!』
・・・・審判のその言葉に、ふわりと笑みを浮かべた。
真剣な横顔と、全然違う笑顔と。
(不思議な、人・・・・)
はそれで・・・・ファンになってしまった。
(うわーっうわーっうわーっ)
突然の幸運。
────想定外の遭遇。
「あ・・・・あのっ・・・・」
はい上がる自分自身に気付きつつ、どうにか落ち着くよう・・・・自分自身が落ち着けるよう、努力する。
何度か呼吸を繰り返した。
「は・・・・はじめましてっ! えと────あの、写真・・・・撮るの好きなんですか?」
不二はの問いかけに立ち上がる。
────より、背が高い。
思っていたよりも、背が高い。
(・・・・あ、いつも一緒にいる人たちが大きいから、あまり大きくない感じがしたのか・・・・)
どこかでそんなことを思う。
友人の学校の学園祭で初めて不二を見て。
それから、は何度か練習試合などがあれば覗きに行っていた。
何故か不二は笑みを深めて「うん」と頷く。
「甘い香りがしたから何かな、って思って。・・・・そしたらこんなに藤が咲いていたから」
撮ってるんだ、と不二は笑う。
手に持っているのはデジタルカメラではなく、普通のカメラのように思えた。
「あぁ・・・・」
不二と藤と。
の視界に映る。
不二と・・・・薄紫の藤と。
(なんか────すごく、合うなぁ・・・・)
はひとりうっとりした。
そんなに・・・・突如、カメラが向けられる。
「? ────へ?!」
「写真、撮ろうか?」
「!? え?!」
不二の突然の提案。
は動揺する。
「な? ・・・・え?!」
「女の子と、藤の花で」
の様子に不二はクスクスと笑う。
「君の服の色と藤と、よく合ってる」
「・・・・・・・・」
は淡いクリーム色のカーディガンを羽織っていた。
淡い色の藤と、確かに合っている。
「不二さんの方が似合ってますよっ」
言いながら、は顔を隠すように両手を広げた。
不二は無理強いをするつもりはないらしく「そうかな」とカメラを下ろした。
ほっとして、もまた手を下ろす。
ふ、と。 不二の視線が止まった。
不二の見つめるものを知りたくて、不二の視線を追うようにしても顔を上げた。
言葉なく、何を見ているのか、と。
池の向こうに犬の散歩をしているらしい親子が見えた。
その犬でも見ているんだろうか。
水面に映る藤、その向こうには濃いピンクの花。
その色のコントラストでも見ているのだろうか・・・・。
────カシャ
・・・・そんなことを思っていた時の音だった。
「え?」
「ふふ。隙あり」
気付けば不二はカメラをへと向けている。
「え? なっ! なんの罠ですかっ!」
の言葉に不二はまたクスクスと笑った。
(不二さんって・・・・何気にイタズラ好き・・・・?!)
は自分の顔を隠すようにして手を翳す。
「本当に・・・・よく、似合うと思ったんだ」
ニコニコと、笑ったまま。
不二は、そう言った。
「色とりどりの花と、君と」
手を顔に翳したままのに再びカメラを向ける。
「・・・・名前」
「────え?」
「名前を、教えてもらってもいい?」
不二の言葉。
言って、不二はカメラを下ろす。
は瞬いた。
(────あ・・・・)
は「はじめまして」と挨拶はしたが、自己紹介はしていなかった、と思い至る。
カメラを下ろしたままでいることを確認して、手を外した。
顔を・・・・体を、不二へと向ける。
ペコリ、と頭を下げた。
「・・・・です」
の様子ににっこりと、不二は笑う。
「不二周介です」
現像したら写真をあげるよ、と言われて
・・・・『次』があることを嬉しいとは思うが、
自分の間抜けな顔を撮られた、とも思い
「え゛っ」
────と声を上げてしまっただった。