溜息というのは自然の原理の一つだと思う。
疲れてる時、嫌な事があった時、不安な時、そして



「また溜息かよ」



パックのジュースを片手にブン太は少し呆れた口調で言った。
お前溜息多すぎ、と言いながら今溜息一つついたよブン太くん。
自分で気付いてないであろうブン太はちゅうっとストローで飲み物を啜っていた。



「あ、先生来た。前向きなよ、私まで怒られちゃう」

「へーへー」



怠そうにブン太は上半身を黒板に向け私に背を見せる形となった。
そんな背中を頬杖をついてひたすら見つめる。
薄いYシャツ越しに浮き上がって見えるブン太の肩胛骨。
大食い甘党のくせに余分な肉もなさそうで調度言い筋肉のついた逞しい身体。
袖から覗く腕も男の人、と感じさせる。程良く焼けた肌と腕のこぶ。



「おいコラ、バカ

「いきなりバカ呼ばわりされる私って一体何なんだろ」

「授業中にお前溜息何回ついてんだよ!十三回だぞ、十三!」




休み時間ブン太は後ろを向くなり人をバカと呼んだ。
あららご丁寧に数えてくれていたんですか。
授業より私の方を気にしてたって事?そういう事?




「静かな教室に響くんだよ、お前の溜息。まじでなんなの」

「なにって、なんだろ。出ちゃうんだもん」

「ガムテープでも貼ってやろうか?」

「窒息死?」

「鼻で息すりゃいい」



ブン太は二本目のパックのジュースを取り出す。
一体鞄に何個用意してるんだ。まるで四次元ポケットみたいだ。



「知ってっか?溜息ってのはな幸せが逃げるんだよ」

「それ知らない人居ないと思う。てか迷信みたいなもんじゃないの?」

「吸え。お前は息をいっぱい吸え」

「え、なに?それってあれ?もしかして私に幸せになってほしいって?」



ニヤニヤしながら持っていたポッキーをブン太の前でくるくる回す。
俺はトンボじゃねぇよ、とブン太は私の持っていたポッキーをかみ砕いた。
その所為でポッキーのカスが机にぽろぽろと落ちて私は眉を顰める。

机に落ちたカスを手で床に振り払う。
どうせ誰かが掃除するんだ。別段問題はないだろう。



「ほらまた溜息」

「ブン太がクズ落とすからだよ。呆れた溜息ですー」

「じゃあ今までの授業中の溜息はなんだよ」

「怠いから」

「それだけで十三回?嘘こけ」



パックの角で軽く頭を小突かれた。叩かれた所をさすりながら私は溜息を零す。
だってしょうがないじゃん。出ちゃうんだもん。出ちゃうものは出ちゃうんだ。




ブン太が欲しくて欲しくてたまらないから




「早く別れちゃえ」

「別れた」

「え、まじ?」

「一緒に居ても疲れるってさ」

「あらあら」



ブン太には彼女がいた。過去形に今なった。
やった。超嬉しい。やっと別れたんだ。この日を首長くして待ってたよ。
なんて心で一人浮かれたつもりが顔に出てたみたいだ。
その顔むかつく。と言いながら私の持っていたポッキーを無理矢理奪って食べた。



「俺も自然と溜息が出てたんだって。普通に気付かなかったし」

「ほら!自分で気付かないもんなんだって!」

「なんでだろ。溜息なんか出る理由ねぇっつーの」

「彼女と居ると疲れるとか」

「さぁな」




部活の後は少し怠かったけど、とブン太は言葉を続けた。
よしここで溜息同盟でも結成しようか。
ポッキーをブン太の口元で止めた。さぁ、食え。食うんだ。




「断る」




ポッキーの誘惑に負ける事なく、ブン太は拒否をした。
ちぇ、これ食べれば交渉成立になったのに。
仕方なく私は自分でポッキーを食べるはめになる。



「幸せが逃げる同盟なんか組むかっての」

「幸せすぎて溜息が出る時だってあるんだよ」

「ねぇよ」

「ある」

「ねー」

「ある」

「ねぇー…っていつまで続けんだよ」



ブン太は小さく笑いながら飲み干した紙パックを握り潰した。
私も負けじとポッキーが入ってる袋を潰してみる。
ボリボリと中で破滅的な音がした。




「おまっ、!馬鹿!なにやってんだよ、俺の食料!」

「私が持ってきたんだよ」

「ポッキーがまだ入ってるのに潰すやつがいるか!」

「ここに居ます」

「自慢げに言う事じゃねーよ!うわ、まじで最悪。」



ブン太は私の手から袋を奪って中身を確認。
だけど見事全部お陀仏。粉々になって原型は残っていない。
5センチくらいの長さがかろうじて残ってるくらいかな。



「幸せになりたーい」

「じゃあ息吸い続けろ」

「そしたら幸せになれる?なれんの?」

「なれんじゃね?」

「じゃあ付き合って」

「…唐突だなオイ」

「今から10秒間吸い続けるから。幸せになれるって言ったのブン太だからね!」



ブン太が何かを言い出す前に私は思いっきり息を吸った。
10秒って短く思えたけど、長っ!やばい、辛い。息が続かなくなってきた。
あれ、今吸ってるってか息止めてるだけじゃない!?


「はあー!くるしっ」


酸素酸素!と言いながら私は空気を吸った。
そんな私の様子を見てブン太は思いっきり笑っていた。
やっと楽になってきた私は余裕が出てきたのでブン太を思いっきり睨んでやった。



「仕方ねーなあ」

「?」

「幸せにしてやろうじゃねーの」

「うわ、なにその口説き文句」

「口説いてねーよ。むしろ口説かれた側だと思うんだけど」



あーモテる男は辛いねェ、なんてブン太は軽口を叩く。
そんなブン太に対して私は思いっきり業とらしく溜息を吐いてやった。



「付き合った途端溜息かよ」

「付き合えた幸せの溜息です」

「お前まさかこの先も溜息ばっか付くんじゃねーだろうな」

「ブン太が居る限り溜息出ないよ」

「早速出てたじゃん」

「あれで最後。溜息を吐いた時はブン太が逃げる時だから」

「別に逃げねーし」

「幸せは逃げるんでしょ?」

「なにそれ。お前にとっての幸せって俺?」

「だめ?」

「んな可愛い事言うと襲うぞ」

「そしたら本当に幸せすぎて溜息出そう」





と言った傍から一つ溜息を零してしまった。癖になってるかもしれない。
ヤバイと思ってブン太をチラっと見ると、案の定眉を寄せて私を見をみていた。




「あ、逃げてない」

「んな事で逃げるかっつーの」

「じゃああれだね、溜息を吐いたら幸せが逃げるっての撤回しようよ」

「そうだな」

「うわ超投げやり。てか今ブン太溜息したよ!」

「あれだ。今の溜息はなお前の言う──────」







しあわせな溜息







(嬉しい事を言ってくれるねぇー。よっ、色男!)







silent star様へ
2008.04.23