テニスコートを眺めている人の数は多い。殆どが女子生徒で女子生徒の脚光を浴びていた。其処にぽつんと一人だけ取り残されているような少女が一人だけ居るのに俺は数ヶ月前から彼女の存在に俺は気付いていた。練習の時間が始まり、女子生徒の声がまた黄色い声援がまた響き渡る。ふと彼女の方へと視線を向けると、確か何時も30分程たったころだったはずだ。彼女は其処から姿を消していた。如何して最後まで見ないのだろう。そう視線を其処から逸らして俺は練習に励んだ。

学年では見たことの無い顔だったから直ぐに年下だということが分かった。幼小中と氷帝学園に通ってきたのだから見ない生徒は高等部の外部入学だということだけが分かっていた。中学同様またなった生徒会長の役員だからか生徒の名前をすんなりと俺の頭の中には入るほどだった。ただ矢張り覚えていくのも同年代の人間を初めとするもの。気になる彼女の名前はどうしても分からずに居た。調べれば直ぐに分かるのだろうし、調べたかったはず。調べたかったはずなのに俺は何故か彼女の名前を知ってしまえば、彼女のことを分かってしまえばこの思いが少しだけそがれてしまうのじゃないか、っていう不安感があったのかも知れない。



「今日も人多いねんなあ」
「みてぇだな」
「跡部様の人気は流石っちゅーことやねぇ」
「忍足もなかなかじゃねぇの」
「褒め言葉なん?それは」
「さあな」


「…なあ、跡部」

「ああ?」


「好きな人でも出来たん?」


忍足の口から紡がれた言葉に目を見開いた。目を見開いて忍足を見れば忍足がちゃうん?なんて言いやがった。まさか気付かれたのかと思ったけれど特にそういう様子は無く何があったんだよ。と聴くと雰囲気が変わったと忍足は答えた。てっきり見ているのがバレたのかと思った。

別に、とそう答えると忍足はふうん、と一言返すだけでそれから何も言わなかった。そっと視線をフェンスへ向けてみると其処には既に彼女の姿は無かった。いったい彼女は誰を見ているのだろう。そういえば彼女が叫んでいるところや誰かの名前を呼んでいるのは聴いたことがないな。と思い返して。何処か残るもどかしさを胸に押し込めて練習へと戻った。




彼女が居るのは何時もじゃないらしく2日に1回、3日に1回ぐらいのペースだった。決まって少しだけ遠い場所でテニスコートを見詰めていた。誰か友達と来ている様子もなく、俺はずっと名前も知らない相手を見詰めていた。何度が目があったことがあったけれど、その目は直ぐに逸らされてしまう。もしかして俺のことを見に来ているんじゃないか、そう錯覚することもしばしばだったが、声をかけるチャンスもタイミングも無く、俺はテニスをしていた。一度見かければ次フェンスへと視線を向けると彼女は居ない。毎日がその繰り返しに近かった。居ない時後から来ることは間違いなくなかったし、直ぐに何処かへ行ってしまう。

俺はその彼女が何故か気になって仕方が無かった。




少ししてから、彼女がテニスコートへと来なくなった。如何してだろう、そう思っていたけれど、もしかしたら友達に連れられていたから友達が来なくなったのかも知れない…考えれば考えるほど来なくなる理由なんて想像がついた。見ているだけの恋愛なんて俺らしくも無い。振り切ろうとしても彼女のぼんやりとした表情が忘れられることもなかった。だけど彼女の名前を、彼女の存在をそのまま調べるのも何故か可笑しな気分だった。恋焦がれる。よく聞くその言葉が初めて自分に当てはまるものだと思ったのは彼女が来なくなってから2週間が過ぎた時のことだった。

放課後、俺のタオルの下から1つの紙切れが出てきた。ノートの切れ端のような、手紙を多く忍ばされることはあったし、タオルの下に置かれていることだって何度もあったからだろう。別に俺は疑問に思わなかった。でも誰がこんなところに紙なんて置いたのだろう。何時もならその紙は捨てていた。だけどその切れ端が如何も気になって仕方が無い。ゆっくりと開くと、其処には小さな整った文字でこう書かれていた。





部活、お疲れ様です。
もしもお疲れじゃないのであれば、私の話を聞いてくれませんか?
疲れているなら、気にしないでください。

わたしは、テニスコートの直ぐ其処にある木の下で待っています。








それだけ書かれた手紙を見据えて目を細める。確かテニスコートの近くにある木へと目をやった。此処からじゃ其処は見難くて、でも何故か俺の中では何時も一緒の場所でテニスコートを見ている彼女の顔が浮かんだ。、彼女の名前なのだろうか。そう考えてみるとぴったりな気がする。その紙をポケットに押し込んで鞄を背負い一人待つ女子生徒の下へと足を進めた。



じっと顔を伏せている彼女は足音で俺の存在に気付いたのだろう。伏せた視線をそっと上げて目を見開いた。

「あと、べ…せんぱい?」

あの紙に書かれていたは、彼女だった。

「悪い。待たせたか?」
「いえ…そんな…」

そんな声をしていたんだな。

「私、手紙書くの下手、だから…」
「手紙?」
「あの、紙。本当は便箋に書こうと思った、んです」
「ああ」
「でも上手くかけなくて」
「うん」
「あ、あの、わたし」
「何だ?」


「跡部先輩、私、って言います!何時も部活頑張っているお姿見ていました!これからも、あの、これからも頑張ってください!」


顔を真っ赤にさせて言うものだから、思わず好きだとか貴方の彼女のなりたいです、やそんな言葉が飛んでくると思っていた。彼女は真っ赤にさせた顔を伏せて「それだけです、ごめんなさい。それだけ呼び出して」と申し訳無さそうに目じりを下げていた。如何やら目が合っていたのは俺だけの思い違いじゃなかったようだ。



「は、あ、はい!」

「俺は、お前のこと知ってたぜ」
「え?」
「何時もあの辺からテニスコート、見てただろ」
「……う、そ…」



「如何やらお前の目の前に居る跡部景吾は、お前のことが好きみたいなんだがな」



名前を呼ぶと、彼女はびくん、と反応して俺の言葉をいまだ信じられないという目で見ていた。そりゃあそうだろう。と何故か納得したけれど。俺は彼女のことをもっと知りたいと思っていたし、このチャンスを逃すほど俺は不器用じゃない。



「お前のことが知りたい、俺が知ってるのはが俺のことを好きなことぐれぇだ」
「…あと、べ…先輩」
「付き合ってくれるか?」
「付き合っても…良いんですか?」


「何言ってんだよ。俺はが良いつってんのに」

彼女は何度も何度も頷きながらわたしも大好きです、と言葉を紡いだ。彼女は1年生。そして友達の3年生がテニス部のマネージャーをしているのだと言っていた。だから頼んでタオルに忍ばせてもらったのだとか。



恋い焦がれること
(君が好きな俺は、如何も可笑しくなりそうだ)




「なんですか、跡部先輩?」
「その呼び方好きじゃねぇ」
「!…じゃ、じゃあなんて呼べば良いんでしょう」
「景吾」
「無、無茶ですよ…!」
「じゃあ景吾先輩、で手を打ってやるよ」
「うわあ…」
「言えねぇのか?」

「けいご…先輩」



もどかしく呼ばれたその名前に俺は目を細めてゆるく笑った。真っ赤に染まった頬は夕日よりも赤い、そういえば彼女は少しだけ怒ったように「意地悪ですね」と皮肉っぽく言葉を吐く。愛しくて仕方が無い、そう思った。




(2008/9/11 |企画→silent starさま Thank you!)