木枯らしが吹く日に

(枯れないための熱がある)




 ふぇっくしょおい、と大きなクシャミがの口から飛んだ。その背が反るほどの勢いに、隣を歩いていたブン太は少しばかりおどろいて、肩をびくりとさせた。


「スゲー勢いだな…風邪でもひいたか?」
「そんなことはないと思うんだけど…」


 はそう答えながら、立ち止まり肩から提げる鞄に手をいれがさがさとあさった。指先にティッシュがふれると、ブン太ちょっと耳をふさいで、と早口で告げた。そしてブン太が不思議そうに両耳をふさいだのを確認すると、はちいんと鼻をかんだ。


「鼻のかみ方まで色気ねえなあ、お前」


 耳塞いでって言ったじゃない、とは目を開き、そもそも色気のある鼻のかみ方ってなによ、とぶつぶつ言った。そんな彼女の鼻あたまは真っ赤になっていて、ブン太はくしゃりと笑った。




 ふひょお。風は大きな音をたてて、髪もブレザーも、さらにその勢いで肩から提げる鞄までも後に連れ去ろうとする。 鼓膜をふるわせるのも随分と冷たくて、冬の到来を投げかけてくる。 広がる景色の緑は僅かで、思い出せばクラスメイトの数人が、もう袖からカーディガンを見せていた。


「木枯らしってやつだね」


 まだ鼻あたまの赤いは、両手にはあと息をかけながらそう言った。冬になれば、その息が流れていくのが見えるけれど、まだ白くそまらず、本当にあたたかな息がそこにあったのかもわからない。くしゃみをするの体内は、もうしかしたら熱くないのかもしれない。


「こがらし、とうがらし」


 は続けてそう呟いて、うん、と頷いた。ブン太は、何が「うん」なんだか、と彼女の韻を踏んだ無意味なつぶやきに疑問を感じながらも、寒いなら唐辛子でも食わせてやろうか、と笑った。


「つまりレッドホットチキンだね」


 はにへっと笑った。
 彼女とブン太の一番似ているところは、美味しいものが好きなところなのだろう。
 お昼休みの机のうえに広がるお菓子を、二人してあまりにも美味しそうに食べるものだから、よくクラスメイトに二人を見ていると和むだなんて言われていた。思い返せばそんなのがきっかけで、二人は毎日一緒に帰るように、そして余り言わないけれど、好き、だなんて言うようにもなっていた。



「お前のおごりだろぃ?」
「まさか」


 さあ早く喰いに行くぜぇ!とブン太がの背中を押した。
おー、と彼女は返事をして一歩あるき出す。するとまた木枯らしは強く吹いて、の足下をさらった。思わずがよろけると、ブン太はすぐに彼女の手を取って支えた。


「よし、このお礼はおごりで決まりだ」


 木枯らしがどれだけ強く吹いても、食欲はてんで変わりはしない。
 色気より食い気だー、とは不満気に言ったけれど、支えられた手がそのまま離されなかったので、彼女はすこし照れて、ぎゅっとその手を握りかえした。


 からだは中も外も木枯らしで冷えて冷えで、思わずくしゃみがもう一度飛び出す。
 胃が暖かくなるまでもう少しの我慢。そして胃より、もうちょっと上で、ひだりがわ。そこが暖かくなったのはたったいまで、は嬉しそうに笑った。
 もブン太も、冷たい木枯らしが、ほんの少しだけ暖かくなったような気がしていた。
 それがお互いの緊張だと気づくのは、お店につく頃には胃どころか中身全部が熱くなっていてからの事。




(終)


食い気より色気だけどちゃんと好き同士。
二度目の参加を快諾して下さり有り難うございました!*

恋はくせ者 / 芽依子 )
( 2008 08 23 )