春になれば桜が咲く


夏になれば緑色の葉に覆われ


秋になれば小麦のより濃い茶色が散り


冬になれば寒さの下で、そのピンクを咲かせるために待つ



ならば桜でない木はいつ色づくことができるのだろうか


それは散るときにしか変わることができない


はかなく散る茶色以外に色づく物語を


あなたにお届けいたしましょう―――――――・・












木々が色づく頃














シンと静まりかえる学校の美術室にただ1人の人影がある。

の手にはスケッチブックと鉛筆が握られ、そのまなざしは揺れずまっすぐだった。






「……」



「何やっとんの?」


「ひゃあ!?……に、仁王…」


「なんじゃ、そんなに驚かんでもいいじゃろ。傷つくぜよ。」


「み、耳元でささやくほうが悪いんじゃない!!!」






集中してたのに、仁王の所為で一気に気がぬけてしまい、

は怒るように言葉をはなった。


けれどそんな怒号をかまされても、仁王はククっとのどで笑っている。






「まぁそう怒りなさんなって。

 …そういや、は美術部じゃったかの。」


「…うん、まあね。」


「もう1月じゃというのに、頑張るのう。

 本来ならもう終わりだろ?」


「そうだけど、これは私が個人的に書いてるだけなの。

 だから部には関係ないし、先生に許可だけもらって書いてるから。」


「ほう…、…どれ」


「ちょ、だめ!!」






奪うようにしてスケッチブックを見ようとしていた仁王に、は手で押さえ込んでそれを拒んだ。


そんなに仁王はわざといじけたように口をとがらせた。






「なんじゃ、ケチじゃのう。」


「…だって、まだ下書きだし、うまくないし。…仁王に見せられるようなものじゃないもん。」


「なかなか可愛いこと言うようになったの。」


「違うよ!だって…仁王に見せたら絶対からかわれる!!!」


「…そこかい。は俺を傷つけさせるのがうまくなったんじゃなか?」


「うそつき、傷ついてないくせに。」


「ん?これでも繊細な心持ってるぜよ?」


「詐欺師って呼ばれてるのに?」


「…さぁ、どうかの。」






相変わらず、喰えないやつだ。


諦めたように溜め息をつくと、はスケッチブックを閉じて片づけをはじめた。






「もうやめるんか?」


「どっかの誰かさんが横でゴチャゴチャうるさいですからねー。

 どうせ、ここに仁王がきたってことはもう下校時間だろうし。

 今日も練習顔出してきたんでしょ?」


「赤也に部長が務まってるか確認にな。」


「…どうせ、そんなこと言いながらからかってたんでしょ。

 切原くんに同情するよ…。」






そう1月だから仁王たちはもう引退している。

まぁ、どうせ高校でまた同じメンツだろうし今だって練習に顔出してるからそこまで変化はないだろうけど、

それでも『中学』という二度とない日々を悔いなく過ごそうとしているようだった。



あらかた片づけが終わって、荷物をカバンに詰めたころには

仁王は自分のバッグを持って入り口の壁によりかかるようにしていた。






「どうせじゃ、一緒に帰らんか?」


「いいよ、方向途中まで一緒だし。」






別に一緒に帰るのは珍しいことじゃない。

たまにブン太とも帰ったりするし、この2人とは結構話す仲だ。

帰り道、いつものように他愛もない話をしていた。






「仁王ってさ、高校は立海だよね。」


「ああ。どうせメンツはあんまり変わらんじゃろうな。

 繰り上がりで行くやつらが多いだろうし。」


「そう、だよね…」


…?」






いきなり足を止めたに仁王は不思議そうに目をやった。

下をうつむいたままのは目を横にそらすと、ポツリと話し出した。





「私、さ…高校、別のところに行くんだ、よね…」


「っ……」


「もうちょっと、ちゃんとした進学校に行きなさいって親から言われて…。

 別に私だって進学校に行くのはいいんだけど、…だけどさ」


…」


「みんなと、離れたくないっ!!

 ずっと『別れる』って実感するのが怖くて今まで言えなかったの。

 …私は、あの場所に…ずっと、いたい…から」





そう言うと、はハッとしたような表情になってバツの悪そうな顔でゴメンと呟いた。

仁王は何も言うことができず、ジッとを見つめていた。






「何でもない!ごめん、先に帰る!!!」



!!」






仁王の呼び止める声も聞かず、は辺りの空気に包まれるようにして

その背中をゆっくりと消していった。












それから少しずつ、日々が動いていった。


と仁王は少し気まずくなりはしたが、その日のことは忘れたかのように過ごした。


他愛のない話もすれば、笑ったりもする。



けれど、お互いの胸には同じようで違った想いがあった。











「仁王。」


「ん?なんじゃ、丸井。」





卒業式も間近に迫ってきたある日、神妙そうな面持ち丸井は話しかけてきた。

なかなか話を切り出さない丸井に仁王は少し眉をひそめた。





「あの、よ…。」


「なんじゃ、はっきりいいんしゃい。」


「…、外部に行くって…」


「……知ってる。…どしたんじゃ、ブンちゃん?」



「っ!!いいのかよ、仁王!!!」



「……」


「お前…のこと好きなんだろぃ!!

 ちゃんと言わないままで、後悔しないのかよ!!!」


「……」


「仁王!!!臆病になるなんて、お前らしくねぇ!

 もう時間ねぇんだ!」


「言う。」


「へ・・?」


「言うぜよ、ちゃんと。」





そう言ったかと思うと、仁王はどこへともなくその場から離れた。

ある日の放課後だった。



向かった先は、美術室。






「…いない。」






いつもそこにあったはずのの姿は今日は見つからなかった。

どこにいったのだろうと、窓から下を見下げてみるとそこには探していた少女の背中があった。


見つけるやいなや、仁王は美術室から風のように立ち去っていった。






!!!」


「へ?仁王?」






見つけた少女の目の前には大きく、冬である今は枝ばかりの木があった。

並木道とまでは行かないが、何本か並ぶように生えている。

不思議そうに見上げるに珍しく荒くなった呼吸を整えながら大きく息を吐いた。


今までにないほど、呼吸が速い。






「にお・・」



「好きじゃ。」



「え…?」



「聞こえんかった?が好きだ。」



「に、おう…。」






としては予想外すぎる言葉だった。

目を見開いたまま、仁王を凝視している。

何かを伝えようとしている口は小刻みに震えて何も言葉がでてこない。






「返事、聞かせてもらえんか?」


「ちょ、っと…待って。」


「……」


「ご、め…混乱してて…えっと…」


…。」


「あの…それじゃ、ね。………」






長い沈黙がその場に流れた。

真っ直ぐを見つめる仁王に、の顔は赤くなり鼓動も早くなる。


何も、考えられない。





「あの…返事、待って…もらえる…?」


「…いつまで?」



「ここの…木に…明るい色がついた、ら…」






それだけ言うと、は背を向けどこかに走り去ってしまった。

しばらく呆然と立っていた仁王は、フッと力なく笑うと、傍の木に寄りかかった。






「ここの木に…明るい色がついたら、か…」






そういって見上げる枝にはよくみれば小さくだが葉がある。

けれどまだ閑散として明るいとは言えない。






「振られた、かの…」





ここの木々が明るく色づくことはまずない。

桜の木なら春になればピンクの花が咲くだろう。

けれどこの木は大きく見える花を持たない木。


光を受けてまぶしく輝く緑の夏か

色づく可能性があるのは、落ち葉として散りいく秋





けれど、そのころにははいない――――・・





色づくことができない事を、は知ってるのだろうか


知らないとしても、すでに色づかないという『事実』から駄目な気がする







「そういえば…あいつは人以上に恥ずかしがり屋だったのぉ…」






唐突にそんなことを思い出しながら、そろそろ春の空を見上げた










卒業式まで後僅か――――――・・


















「先輩達、卒業おめでとーございます!!!

 後1年したら俺もそっち行くんで、次はぜってぇ負けないっスからね!!」


「さぁ、どうかのぉ?幸村。」


「ふふ、受けてたつよ。」





後輩であり、現時点での部長である赤也と談笑している元であるレギュラーメンバー。

もちろんその中に仁王もいた。

あれからと話す機会はなかった。いつも心には気がかりというべき『何か』があった。



今見ても、あの木々は色づいてない。

ただ少し葉は増えてきたようだ。





「…」


「仁王、どうしたんだい?」


「…幸村、ちょっと行くところ思い出した。」


「ふふ、わかったよ。行ってきな。」


「すまんの。」





そう言うと、もう歩くことはないであろう廊下を進んでいく。


向かった先は、美術室。


いつもが座って絵を描いていた姿が自然に思い出される。





…」





ジッと見つめて、何かを想って、それでもまた見つめて

何をしたいのかは、わからなかった。




あまり長居しても仕方がないと思い、教室を出ようとふと別の場所に目をやった。



そこにあったのは、1枚の絵





「これ…じゃな。が書いっとたのは…」





風景画のようだった。

けれどそれは光に包まれているようで眩しい絵。



そして、どこかで見たことがあるような…





『木が明るく色づく、ころ』




「っ―――――!!」





並木道のように数本の木々が並んでいる


まさにあの場所の景色で、木々の色は



桜のピンクでも


散りゆき秋の茶色でもない




明るく眩しいほどの光の色




絵の下にあった題名は




『色づきの愛しさをキミへ』








気がついたら、美術室を飛び出して走り出していた。


向かった先は、色づくことを望んだあの場所


声だけでも聞きたくて、答えが望むものじゃなくても会いたくて


それはキミが好きだからで―――――・・









!!!!!!」









やっと葉がついた木々の下にはいた。

呼ばれたことに気がついて上を向いていた目線を振り向きざまに仁王に移す。





「にお、う…」



「なん、っで…あんな…ややこしいこと…」






息も絶え絶えに仁王がそう言うと、は申し訳なさそうに目線をそらした。

小さく深呼吸をして静かに口を開いた。






「仁王から好きって言われて…嬉しかった…」


「……」


「でも恥ずかしさで舞い上がって、自分が仁王のこと好きっていったら

 それでいいのかって心がわからなくなって…。」


…」


「時間が、欲しかった。ゆっくり考える、時間が。

 でも『好き』でも仁王は私なんかでいいんだろうって思ってきて…

 仁王はちゃんと伝えてくれたのにバカな不安だってわかってた。

 だから、自分で自分に賭けをしたの」






もしも仁王があの絵に気がついてくれなかったら、諦めようと


それもまた運命なのだと


気づいてくれなかったら運命を言い訳にして逃げられたから



でももしあの絵に、色づいたことに気がついてくれたら


仁王が私を好きでいてくれる限り、好きでいたいと思った






「自惚れるのが、ただ怖かっただけ。

 だけど…」


「それでも、俺は見つけた。」


「…にお…」


「ちゃんと、色づいたぜよ?明るくな。

 …返事、聞かせてくれんか?」


「私、…は…」


「……」




「仁王が…好き。ずっと、……大好きです。」



「サンキュ…俺も大好きじゃ。」







秋に散るときしか色づくことができない木々


けれど木々は明るい色に染まった


想いという色に


決して目には見えぬ、それでいて暖かな色に


いずれは変化するであろう絵は、景色は


あせることを知らぬ心に刻まれる














参加させていただき、ありがとうございます。
そして、ここまで読んでくださり本当ありがとうございました。
掬治菊流