ひどい、でも好き



冬なんか、塵かゴミになればいいんだ。

だって、ロクな事がない。まず肌にくる。次にお腹、そして足。しまいには呼吸器をやられてはい病院行き。

冬なんか、消えてなくなればいいんだ。



「はぁあーっ」



勢い込めて吐いた息は濃密な白を纏って、雪の降り来る曇り空へと消えていく。

朝の6時半からこうして部室倉庫前に突っ立っている私は、今からアラスカにでも行こうかという格好をしている。

ぶっかぶかのグレーのダウンジャケットに、フードをすっぽり被って、仁王立ち。偉そうにしている割には覇気がない。ださい。

指先だけを出したクソ寒い手袋をはめたその手にある倉庫の鍵は、ぶるぶると振動している。寒さに震える私のせいだ。



「ぁぁあぁぁぁ〜ざぁむぅいぃぃぃあぁああああ」



もはや乙女の領域など遥か彼方。地の底から蘇ったゾンビのような低く篭った声で恨み言のように呟く。

鍵を差し込み、開けて中へ。目当てのものを取り出すと、いよいよシベリアの住人みたくなってきた。

私が手にしたのは、シャベルに、とんぼ。何してんねんお前。気分は最高潮に暗い。



「ありえない…地球壊れすぎ…」



早朝練習はいつもより1時間遅い。マネージャーならその20分くらい前に来れば十分間に合う。

それなのに私が何故、人っ子ひとりいない氷帝学園男子テニス部テニスコート内で一人佇んでいるのか。

それは、昨晩から降り始め、今も現在進行形で元気に降り積もる、この雪のせいだ。

何十年ぶりか、と騒がれている今年の冬は、例年にみない大寒波に襲われ、各地で大量の雪が積もった。

ここ東京も例外ではなく、一夜にして8センチという驚異的な記録をたたき出した程だ。

おかげで、今朝から公共交通機関は大パニック。道路も滑りやしないかとビクビクしながら運転するドライバーたちの大渋滞で、

どこもかしこも混乱状態である。私はというと、徒歩通学なんで全く影響はなかったのだが。



昔は雪が積もれば、雪だるま作ろう!だの、雪合戦しよう!だの、それはそれは夢があった。

子供は風の子、ではないが、とにかく東京では雪が物珍しいものだったのだ。

1センチ積もるだけでも嬉しかった。ベランダの手すりに積もる雪をかき集めて固めて投げることが楽しくてたまらなかった。

いつからだろう。ああ、昨日からか。雪を見てもはしゃぐ気持ちは遥かいずこへと消えてしまった。

だって、こんなに積もられたら、正直言って困る。邪魔だ。何に邪魔って、そりゃテニスの練習に決まってるじゃないっすか。



だからこうしてコートに蔓延る雪どもをシャベルで掘っては後方へ放り投げ、削られた地面をとんぼで平らにしているのだ。

それが終われば白線を引きなおし、ネットを張り、石ころの除去作業を経て、朝練の準備が完了する。

とても20分やそこらで出来る仕事ではない。最低でも1時間は必要なのだ。大半に時間を割かれるのはまぁ、雪かきなんだけども。

それにしてもこの雪かき、最初こそは「新雪だぜえフゥ〜!」と言って踏み倒すほどテンションも上がったのだが、

10分もしてくると次第に飽き、そのうち寒さとの戦いが始まった。何と言っても、この、手だ。寒いを通り越してすでに痛い。

手のひらの水分が凝結してシャベルの金属部分と一体化して、引っ張るとものすごく痛いのだ。皮膚がちぎれそうになる。



「いてて…!ああ…むなしい…ああ…」



華の14歳が、こんなだだっぴろい場所で一体何をやっているのだろうか。しかもこんな朝っぱらから。雪まみれで。

これが誰かと一緒なら、まだちょっとはマシだろう。「寒いね〜痛いね〜」とか言い合うだけでも大分違う。気分が違う。

けども、黙々とただ作業するのは、客観的に見てかなり侘しい。むしろ不審者だ。早朝のテニスコート、シャベルで雪を掘る女。うっわこれ、へんたーい。



ボカッ

「あでっ」



その時、はいその通り、とでも言わんばかりのナイスタイミングで、私の後頭部に何かがぶつかった。

結構固かったが、フードを被っていたからか、当たったものが脆かったからか、それとも寒さで痛覚がイカれたからか、あまり衝撃はなかった。

頭に手をやる。少しザラついた感覚と、微かに濡れた感触。推測してすぐに思い当たった。これは、雪だ。



「…?」

「何だその格好は。だるまか?」

「………」



そこにいたのは、天下の日吉若新部長だった。

コートにマフラーとこちらも重装備だったが、私ほどアラスカ的ではない。アラスカ的って何だ。マスカラ的ってことか。



「…。お前、寒さで頭が可笑しくなってるぞ」

「おはよう日吉。うん、それはね、悲しいけど自覚済み」

「…。で、何やってるんだ」

「雪を掘ってます。見て気づこうよ、新部長」

「ひとりでか?」

「うん。見て気づこうよ、新部長」

「………」



まるで確かめるように当たり前のことを聞いてくる日吉新部長。

表情はいつもと同じザ☆ポーカーフェイスだったが、私の発言(とたぶん格好)に、ほんのちょっとだけ眉間に皺が寄った。



「…今日、部活どころか学校自体もあるかどうか危ういぞ」

「うん、そうだね」

「なら何でやってる、そんなこと」

「だって日吉が来てるじゃん、ばっちり」



カリスマ黄金期を支えた跡部元部長の引退後、周囲の期待通りに部長となった日吉は、

だからといって別段偉ぶるわけでもなく、以前と変わらぬペースで部活に励んでいる。

目下、下克上をする対象が全国へと増えたこともあって、むしろ以前よりも練習量を増やして取り組んでるほどだ。

かくいう私も、引退時の新編成で準レギュラー専属から正レギュラー専属へ昇格した。

唯一のとりえである勤勉さと真面目さが買われたんだろう。平凡にとってはこの上なく嬉しい栄転だ。

事実を突いたら、日吉はフンと鼻を鳴らしてから、もさっもさっと雪を踏みしめてこちらへ近づいてきた。

その姿をじっと見つめてみた。日吉のサラサラヘアーが風に流されて、雪とも絡まって、何だか壮絶に綺麗だ。

歩行のリズムに合わせて軽く揺れる白煙の向こう側に、ほんのり赤く染まった鼻っ柱が見える。

仏頂面の日吉の顔と、その鼻の色があんまりにアンバランスすぎて、ちょっと可笑しい。

相好を崩すと、日吉はものすごく嫌そうに顔を顰めた後、全力で何かを私の顔に叩きつけてきた。



ベシ

「ぶへぇっ」

「…色気ねぇな、相変わらず」

「な、なにこれ…え、手袋?」

「こんなクソ寒いのに何で指先出してんだ。馬鹿じゃねぇのか?」

「だって普通のだと持ちにくいもん。特にとんぼが」

「馬鹿じゃねぇのか?」



に、二回も言われた!軽く屈辱!だってごわごわしてて滑るんだもん。持ちにくいもんは持ちにくいの。

あんたらみたいに握力ないんだよ。こう見えても華奢でひ弱な一乙女ですからー。



「華奢でひ弱な一乙女が2リットルのペットボトルを12本も持てるか」

「いやぁ、あれはさすがに重かったっすよ」

「跡部さんが驚嘆してたぜ。榊監督に至っては、女にしておくのは持ったいないとも」

「えええ…それ全くもって嬉しくないですよね」

「そうか?今時こんな早朝から誰もいないテニスコートでコート整備してるお前のような人材は

 非常に貴重だと思うが」

「…まぁ、さっき自分で変態って結論が出たからね。貴重は貴重だと思うよ」



言い捨てて、まだ暖かさの残る手袋に手を通す。ってかぎゃーあったかい!やばい!でも痛い!い、いてええええ!!



「いいいいぃい痛いぃいいい!!」

「…大丈夫か?」



あまりに痛がる私の珍妙な動作をさすがに変に思ったらしく、私の顔を下から覗き込むように見てきた。

大丈夫じゃない!と怒鳴り返すと、はぁと呆れたようなため息を吐かれた。あ、今また若干馬鹿にされた。



「もう痛いよ!何だよ!東京はいつからこんなに可笑しくなったの!こんな所じゃなかった!」

「何突然興奮してるんだお前は。今年は特別だ。…これもまぁ、温暖化の影響なんだろうがな」

「そんで夏は死ぬほど暑いんだよ。ただでさえ全国ぅう〜!キャー!若さまー!とか言って暑苦しくなるのにさ」

「その若さまーって何だおい。暑苦しくて悪かったな」

「いや別に。全国目指す勢いは好きだけど」



言って手袋から手をはずす。指先は毛細血管が盛大に破裂して真っ赤に染まっていた。

感覚が消えている。いや、正確にはフィルター越しに温度を感じているような状態で気持ち悪い。

空気中に晒され続けると、手袋に残っていた暖がものすごい勢いで抜けていく。

私はやっぱりずっと無表情な日吉をびっくりさせたいのと手を暖かくしたいのとで誘惑に負けて、

少し背伸びをしてその桜色に色づいた頬に両手をそっと宛がった。と思ったら、避けられた。



「っあぁあああ、避けた〜」

「当たり前だ、何すんだ馬鹿」

「だって、冷たい…手、凍る…」

「だから嵌めろっつってんだろ、これを。っていうか、後20分したら部員がくる。作業はここまででいい」

「日吉…」

「何だよ」

「さむい…」

「………」



言いながら寒い寒いと唇を震わせる私を、日吉は心底苛立たしげに見てきた。

分かってる。自分でも相当鬱陶しい女になってるって。自分でやっといて、しかも日吉より重装備のくせに日吉より寒がってるし。かなりうぜえ。

けど、風が強くなってきたのかフードがめくれ上がって雪がダイレクトに顔に激突し始めると、

私はたまらなくなってフードを手繰り寄せてその場に縮こまった。いてえ。さむい。いてえ。さむい。何だこの二重苦。何プレイ?



「部室へ行くぞ。暖を取れ、仕事にならねぇ」

「…風邪を引いたらいけないから部室であったまってろとか言えないのかなこの男は」

「ほら、グチグチ言うな!立て!」



跡部さんならそれくらい言ってくれるけどなー。続けてそう言ったらやっぱり怒りの琴線に触れてしまったらしいのか、

やや乱暴に私の手首を掴むと、引っ張り上げようとした。けど立ち上がったら空気が入ってくるもん。やだ。動きたくない。



「さぁむいっちゃぁぁ〜…」

「立てって!」

「じゃあ日吉がこのまま抱っこして連れてってくだぱい」

「…今すぐ立つのと、ここで永眠するのとどっちがいい」

「私ね、実は日吉くんが大好きなんですよー!」

「あっそ」



殺されるのは御免なので渇いた笑いで誤魔化したら軽くスルーされた。…ちょっぴりガラスのハートに傷がついた。

立ち上がった瞬間、やっぱり予想通りに首筋に雪風が滑り込んできて全身に鳥肌がわさぁっと立ったが、

何故か日吉がぐいぐい手首を引っ張って歩いてくれるので、結構ラクして部室へと滑り込んだ。


中は暖かかった。何と、暖房がついていたのだ。

しかも結構暖かいから相当前からつけていたに違いない。まさか日吉が?

思って日吉を見やると、日吉はいつも通りの表情で若干ムスッとしながら着替え始めていた。



「日吉」

「………」



声をかけても、やっぱり、無視。あららー…相当お怒りを買ったみたいだ。

けれど、私は部室には今日一度も寄っていないから、そしてテニスコートにも部室にも日吉と私以外誰もいないから、

自動スイッチでなければ、日吉がこの部屋を暖めていてくれたことになる。



「あったかいですよ、ここは」

「………」

「もしかして毎日やってるの?」

「………」



毎日やってるな。ちょっと耳の後ろが赤いぞ。寒さのせいにする気だな。照れ屋さんめ。

そう、さりげない気遣いが光るのが、この男の最大の持ち味だ。あらゆるところが光まくって何が何だかよく分からない跡部さんより、

こういうところはずっといいと思う。ちょっとこねた駄々にああやっていつまでも機嫌を損ねる子供みたいな性格もいいと思う。

無表情・無感動を気取っている割には、変なところに隙が多い。こないだも、部活終わりに部室を覗いたら、

人の書いた部誌を読みながらうたた寝していたので、驚かそうと後ろからガバっと飛びついたら、

かなりビビッたらしい日吉の肘鉄をまともに食らって、昏倒。焦った日吉が救急車まで呼んで大騒ぎになったことがあった。

そうやって日吉分析をしていたら、突然悪戯心が芽生えてきた。何だか日吉が可愛らしくなってきた。

日吉ももうすぐ3年で部長になる。確実に大人っぽくなっているはずなのに、何こいつ、ちょっと可愛い。



ピタ

「…ッ―!」

「えへへ。冷たい?」



バッと近寄って、日吉が上着を脱いだ瞬間、両手を今度こそ頬へつけた。

一瞬びっくりして大きく目を見開いてから、数秒硬直。予想より少し薄い反応。猫みたいだと思った。

けど、本人はこれで相当驚いたようで、次の瞬間に出た言葉は少し声が掠れていた。



「つ、めてえ…。冷てぇぞお前。本当に大丈夫か」

「あれ?あぁ、いや、もう、感覚ないから分かんないんだよ」



その反応に私も少し驚いて、さっと手を離す。するとむんずと両手を掴まれた。

そのまま自分の胸元に下ろすと、じっと観察して軽く上下に摩擦しはじめた。

暖かいが、むず痒くなってくる。頑張って血管が拡がろうとしているのが分かった。



「これお前…下手したら凍傷になるぞ」

「いやさすがに凍傷はないよ。アラスカじゃないんだし」

「肌の弱い奴は東京でも凍傷する。現にお前ホラ、薬指が霜焼けしてるじゃねぇか」

「いたっ、ちょ、触らないでよ、痛いよ」

「本っ当にお前は馬鹿だな。こんな手で仕事するつもりか」



最後の方はちょっと怒っているようだった。私が思わず口篭ると、私の手を左手で掴んだまま、

手近にあった自分のテニスバッグをごそごそとひっくり返して、タオルを取って拭き始めた。

ちょっと乱暴だったけど、傷に障らないように配慮してくれてるような気がした。



「雪にさらすな。水分はこまめにふき取って保温しろ。治らないぞ」

「…日吉くんてば、お母さんみたーい」

「ふざけんな馬鹿。マネージャーのくせに体調管理もロクに出来ねぇのか」

「だってクリーム塗ってもお水に触るから意味ないもん。お水に触らないで仕事できないもん」

「………。せめて、お湯を使え」

「お湯は肌が荒れるから使いたくないの」

「冷てえだろうが」

「通り越して痛いよ」

「………」



言うと、指を拭く日吉の手がピタリと止まった。

小首を傾げて「どうしたの?」と目で問うと、日吉は目線を上げぬまま、今度は私の指をゆっくりとマッサージし始めた。

これに、おったまげたのは私だった。な、何で?何で今日はこんなに甲斐甲斐しいんだ、日吉新部長。

どうしたの。え、何か変なモンでも拾い食いした?



「お前と一緒にすんな」

えええ!?いやいや、私そんな拾い食いキャラに見える?」

「拾って食うだろうが」

「何を!」

「昨日。俺のプチトマト」

「あれは落ちたの」

「拾って食ってるだろうが」

「落ちたのは3秒以内だったら落ちたことにはならないんだよ」

「何だよそれ」

「3秒ルール」

「お前馬っ鹿じゃねえの」

「………」

「…何だよ」

「さっきから馬鹿馬鹿ばっかり。さすがのちゃんもムカつくんですけど」



ちょっと語尾を低めに言ってみたら、戸惑うどころかニヤっと口端を上げてこちらを見上げてきた。…。

Sかな?Sかな?と思ってたけど、やっぱSだ。絶対Sだこいつ。何よ、スポーツマンはみんなMのくせに!

眉間を寄せると、日吉は小馬鹿にしたように、わざと口パクで「バーカ」と言ってきた。…ファック!!



「日吉のうんこ」

「う!?…うんことか、言うなっ」

「うっさい。日吉だって言ってるじゃん」

「…お前、このまま指へし折るぞ」

「実は私、日吉くんが大好きなんですよー!」

「あっそ」



あ、あぶねえあぶねえ。薬指が人質に取られてる状態で(ひどい言い草だ)マジ油断ならないよ。危なかった。

軽く流されてちょっと寂しかったので、空いたもう一方の手で日吉の頬に三度手を当ててみたら、今度は綺麗に無視された。

会話するのも嫌になったのか、黙ったままマッサージし続ける日吉。急に室内がシーンと静まり返る。

暇なので、触れた頬を試しにするすると撫でてみた。すっべすべだった。何の手入れもしていないだろうはずなのに、

この天然もち肌は羨ましすぎるにも程がある。妙な敗北感が悔しくて、そのまま皮膚を引っ張り上げてやった。

びょいーんと伸びた。結構伸びた。伸縮性もあるだなんてスーパー肌じゃん!いいな〜めちゃめちゃ気持ちいい、これ。



「………」

「うわーこれ、やっば。何これ。日吉ほっぺたぷにぷにしてて気持ちいい」

「………」

「うわ〜いいー。つるっつるだし!いいなぁ」

「………」



もう完全に流す方向に決めたのか、いくら撫でようと抓ろうと引っ張ろうと一向に無反応だった。されるがまま。

なのでご好意に甘えて私はそれからしばらくずっと、日吉の頬で遊んでいた。日吉はずっと私の霜焼けた指をマッサージしてくれていた。

けど、マッサージが終わった後もしつこく触り続けていたら、無言で思いっきり足のつま先を踏まれた。ぎゃあ!



「いったい!」

「残念だったな、。悪いがお前の頬の方が伸びるぜ、ホラ」

「うわふぃやはひふんふぉおおおおお〜!!」



叫ぶと、今度は両頬を全力で引っ張られた。

盛大に捩れる私の顔が相当に愉快らしく、クツクツと喉で笑いながらしかし捻る手を緩めない。

あまりに痛いので、思わず蹴った。報復のことも考えずに思いっきり蹴ったらすぽんと手が離れた。

頬が熱い。思わず両手で擦りながら日吉を睨みあげる。瞬間に、蹴った事実を思い出して顔がサァッと青くなった。



「…ご、ごめんなぱい」

「あったかくなったかよ」

「え…?」

「ちゃんと手入れしろ。お前が動けなくなったら、俺たちが困る」



お前も困るがな、と付け足してくるりと振り返ると、日吉は着替えの準備を始めてしまった。

一瞬呆気に取られて固まっていた私だったが、言われた言葉の意味を理解して、ようやっと

日吉が私を気遣ってくれたのだと思い当たった。

私は思わず日吉に駆け寄った。顔が見たくなって、どうしても見たくなって、前へ回りこんだ。

顔を見上げると、日吉が何だよと言いたげな目線で見下ろしてきた。だからニカリと笑ってみた。



「私、そんなに大事?」

「………」

「ね、大事?大事?」

「うるせえな。さっさと仕事しろ」

「部長はマネージャーを大切にするもんなんだよ」

「へえ」

「跡部さんは大事にしてたよ。コキも使ってたけど。さっきの日吉みたいに」

「………お前、さっさと行かねぇと殴るぞ」



ちょっと調子に乗って口にすると、拳を固められた上にギロリと睨まれたので大人しく退散することにした。

いや、今さら強情な日吉さんから本音を聞きだそうなんて愚かなマネ、しませんよ。うん。懲りないけど。

そして最後に、チラッとだけ振り返る。私が触りすぎたせいで片頬だけちょっと赤くなったのが面白くて、

影でクスクス笑って身悶えていたら、外に出た瞬間、雪の剛速球を2発喰らった。頭かち割れるかと思った。



「一回かち割れろ。脳味噌増やしてこい」

「ひっどいなー日吉くん…。ああでも、マッサージ、ありがとう。大分マシになったよ」

「………」

「いやホントにすごいよ日吉。見直した。惚れ直した。もうええ、大好きです」

「…フン、それはもう聞き飽きた。馬鹿」



相変わらずの憎まれ口だけど、その顔がちょっぴり恥ずかしそうだったので、うんまぁ、よしとしよう!

部室から出ると、雪の勢いはかなり衰えていた。これなら部活も出来そうだ。やっぱり来てよかった。

平部員たちがぞくぞくと集まってくる。私が校舎の壁に放り投げた雪の残骸を、楽しそうに踏みしめる彼ら。

それを見るだけで地獄のコート準備が報われた気がする私は、やっぱりちょっと、安上がりなのかもしれない。



「、ホラ」

「?」

「マフラーと手袋だ。特別に許可するから、してろ。用のない時は部室に引っ込んでろ、いいな」

「………これ、日吉の?」

「いいな。返事は」

「…はい」



寒空の下、白い吐息とともに笑んだ日吉がちょっぴり格好よくて、私はマフラーに顔を埋めてひっそりと微笑んだ。




















企画提供サイト様:silent star
(2008/3/3)
そんな日吉との、冬のひとコマ。致命的にオチがない。