隣で笑っていてくれたら

(ほんとさあ、調子狂うよ。)




 俺の隣の席のは頭が悪い。
 授業を聞いていて、全体の9割はたやすく理解するくせに、残りを理解できない事が多い。 そんな時は必死に教科書を読む。教科書にかかれた公式と、自分のノートの上の数字を指さし確認して、一人頷く。 その様子に、へえ、理解できたんだ、と思ったら、「え、…あれ?」とか呟く。
 ついには、教科書を傾けたりひっくり返したりする。そんな事をしても、公式も数式も変わりやしない。 こういう時、本当に頭悪いなあこいつ、と思う。


 そして何より、がこうなったら次の展開がいつも通りなのだ。




「あ、あのー、伊武くん」


 ほら見ろ、いつも通りだ。
 爪先で控えめに俺の机を叩いて、小声でそう呼びかけられる。


「ここ、教えてほしいなー…なんて……」


 まるで俺の顔色をうかがうようにしてそう言うと、「問い3」の文字を指さしながら、俺のほうにノートを寄せる。 なんて、とか最後につけて誤魔化したような言い方をするくせにノートはしっかり俺の方に寄せるんだから、 言ってる事とやっている事がいつも違うんだよね…。まったく、いい加減あきれるよ。



「う……で、でも、なんだかんだで、伊武くんも毎回教えてくれるよね」


 ……どうやら俺の考えた事は、また口から出ていってしまってたみたいだ。 は苦笑いを浮かべながら、今度はハッキリと、教えてください、と言った。



「まったくしょうがないな……ちょっと貸して」


 ……これさっきから先生が何度も言ってたやつだろ……応用じゃなくて基礎問題だし。 いつも応用でこけるからって構えすぎなんだよ。ほらここ。2行目で既に間違えてるじゃないか。


 10で完成だとしたら、2までしか正解していないの数式を書き直していく。 あまりにもいつもの事なので、つい飛び出す言葉がきつくなる。 正しい数式を最後まで教えて、いい加減学習しろよな、と言い捨てた。 いつもは数式が書き上がると、すぐに飛び出すの「ありがとう」がなかった。 ……言い過ぎたかな、と思って、手に持っていたシャーペンを机に転がして隣を見た。 ちょっとだけ、泣いていたらどうしようかと思いながら。


 けれど俺の予想に反して、は笑っていた。とびっきりの笑顔だ。 なんだよその笑顔、一体どういう意味だよ。……そんなに見るなよ。 ………こいつ、頭は悪いけど、笑ったら結構可愛いかもしれない。


「学習してるよ、伊武くんがちゃんと毎回教えてくれるって」


 はそう言うと、いつも教えてくれてありがとう、と言って、ますます笑った。 細められた目をふちどる睫が綺麗な曲線を描いていて、それがひどく目に残った。 なんだかの顔をずっと見ている事ができなくて、俺は顔を背けた。



「ほんとよく言えるよそんなこと……。キミってさあ、俺に頼りすぎなんじゃない?
 というより、俺にこれだけ言われてめげないあたり、やっぱり馬鹿だよ」


 溜息とともにそう言うと、隣から、伊武くんだから頼ってるんだよ、と聞こえた。 その言葉に、さっきからなんだかおかしい胸が、さらにおかしくなってきた。あーあ、調子狂う。
 俺はもう一度、はあと溜息をついた。 もし隣を見て、今の俺のぼやきにもが笑っていてくれたなら、これからも勉強を教えてやるか、と思った。
 隣を見るのに、なんでこんなにも緊張するのか、分かってしまったけど、なんか悔しいからまだ分からない事にしておく事にした。




(終)


silent star さまへ。せっかくの企画なので、最愛の伊武で書かせて頂きました。
このたびは素敵な企画を有り難うございました!

恋はくせ者 / 芽衣子)
( 2008 04 08 )