「はじめ。これ、調理実習で作ったケーキです。どうぞ」


私は今日の家庭科の授業で作ったカップケーキを手のひらに乗せてはじめの目の前に差し出した。


「いりません」


私の手の上の物を見ることもなく、何のためらいもなく発せられた言葉。聞き間違い・・・ですか?


「は?」


美味しそうに出来ましたよ?ラッピングもちょっとがんばってみたんです。


ほら、リボンだってはじめに似合いそうな紫です!


「だから、『いらない』と言ったんです」


はじめは悪びれもしない様子で、いつもの様にクルクルと前髪を指に巻きつけている。


「何で・・・?」


そっか。いらないのか。


せっかく作ったんだけどな。じゃあ、喜んで食べてくれる人のところへお届けに行くまでよ。


自慢じゃないけど、立ち直りは早いんです。




「じゃ、裕太くんのところに持って行って来ます。じゃあ」


私はそう一言言い残してはじめに背を向け廊下を歩き出そうとした。


はじめは驚いた顔で私の顔を見たかと思うといつもよりちょっと大きな声で話し出す。



「ちょっとお待ちなさい!何故が裕太くんをご存知なんですか?」


だって、はじめの後輩でしょう?ああ、それ以前に。


「周助くんの弟、でしょ?」


今の一言ではじめの顔色が変わった、気がしたんだけど。




「な、何故不二周助までご存知なんですか?」


「フフッ。今日のはじめは『知りたがり屋さん』ですね」


はじめはため息をひとつ。


「何でもいいですよ。で?何で知っているんです?」


腕組みをして、まっすぐ私へと向けられる視線。




え〜と、何でだったかなぁ?


校門の前で声を掛けられたような気もするし、親友のサチに連れて行かれた青学で会った気もするし・・・。


でもね、すごくいい人だよ。蒼い瞳が素敵なの。多分友達・・・?


・・・どこで会ったのかは思い出せませんが。




「不二周助と、何度接触したんですか?」


不機嫌そうなはじめの言葉。顔を見ると、似つかわしくない。眉間に皺。


え、と。接触、ですか?




「あの、つかぬ事をお伺いしますが」


「なんです?」


「それは、どういう理由で知りたいのかな・・・と」


「どういうとは?簡潔に言ってもらえませんか?」


「だから。周助くんのことだから知りたいのか、私と、だから知りたいのか・・・とか?」


「どうしてそこは疑問系なんですか?」


不本意だ!と言わんばかりのはじめの顔。長く細い指ははじめの顎を撫でる様になぞっている。




「心外ですね。は僕に愛されている自覚がないのですか?」


はじめの当然と言わんばかりのセリフに、私は思わずはじめの顔を凝視してしまう。


「私は、はじめに愛されているのですか?」


「は?」


はじめの間の抜けた声が聞こえた。




確かに私とはじめは彼氏、彼女という間柄・・・のはずだけど。


進展はほとんどなく、友達の延長?


はじめは自分の予定が全てだし、マイペースだしって言うか冷たいっていうか?


でもそんな関係でいいっていうか。


「だって、さっきもケーキいらないって思いっきり断られましたよね・・・?」




「コホン。とにかく、です。不二周助に近づいてはいけません。何があっても!です」


「・・・考えておきます」


「それからケーキの件ですが。これはの特別じゃないでしょう?僕はの特別を頂きたいんです」


特別じゃない?


ああ、それもそうか。だって、調理実習同じ班の子5人で一緒に作ったものね。


それから・・・。




「そうですよね。私さっき、はじめ以外の人にもあげちゃいましたし」


「な・・・んですか?それ?」


「木更津くんが、「お腹がすいて死にそう・・・」って言うからあげちゃいました。本当は3つあったんですよ!」




そうなの。調理室から出てきたら、いつも「ダーネダーネ」言ってる人と一緒にいる木更津くんが目の前に蹲って


「お腹がすいて、死にそう・・・」って言うから、どうぞ!って。


受け取った瞬間、満面の笑みを見せてくれた。あの笑顔は爽やかだった〜!


はじめには言わないけど!




「木〜更〜津〜ッ!!!」


はじめは私の言葉を聞くと、廊下中響くような大きな声で叫んだ。


うわ〜、こんなはじめ見たことない。




「でもね、ほら。ここにはまだ2つあります。お茶、ご馳走しますからご一緒に、どうですか?」


私の提案に冷静さを取り戻したはじめはちょっと考えていつものポーズ。


「そう、ですね。それも悪くない。でも部室にいい茶葉があるので、とっておき美味しい紅茶をご馳走しますよ。


いかがですか?」


「はい!」




「・・・さっきの不二周助の件や木更津の件も聞きますからね!」


「はい!・・・えぇ?!」


顔は笑っているけれど、いつもより低く明らかに怒気を含んで響いたその声に、


とっさに反応して返事をしてしまった自分を呪いたい。


私の手首を掴んで、ズンズンと部室へと向かうその背中は確かに怒っていて。


はじめが淹れてくれる紅茶は楽しみだけど、その他はちょっと遠慮したいなぁ、なんて。




仕方が無いので、怒ったはじめを宥めることに専念すると誓う私です。





「はじめ?」

「・・・なんです?」

「手、繋ぎませんか?」

「!!!・・・い、いいですよ」






072:怒ってるんだから、宥めてみせて

これは、はじめの心境という事で。ややこしくってすみません。
淳は、心底ヒロインちゃんに惚れているはじめをからかうのが楽しくってやってみた確信犯です。