しとしとと降る雨。水をすった土のにおい。
持っていた折り畳み傘を鞄に隠して歩いた。
しずくをはじくビニルの傘ごしに見上げた空は不機嫌そうな顔をしてアスファルトを叩く。
触れる肩だけがあたたかかった。
他愛もない会話の中で、深司くんが小さく笑った。


「あ、深司くん笑った」

「何だよそれ、人間だし笑わないわけないだろ。笑ったぐらいでいちいち突っ込むなよ」


深司くんはすぐにいつもの顔に戻って、今度はふぅ、とため息をついた。
左手で傘の柄を持つ深司くんの右肩はぐっしょりぬれている。
一方でわたしは傘が雨を防げるテリトリーのなかにすっぽりと収まっていた。
わたしは途端に申し訳ない気持ちになって折り畳み傘を隠した鞄をさすったけれど、いまさら傘持ってました、なんてやっぱりいえなくてファスナーにかけた手をまたもとの位置に戻した。
そわそわそわそわ落ち着かない、手が寂しくてスカートを握った。ぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。
水溜りは陰鬱な空を映して、しずくに打たれては歪んだ。


「傘、持ってるでしょ」


「ううん、持ってない」


「分かりやすいよね」


「そんなことないもん」


「分かりやすすぎ、」


深司くんはまた楽しげに口元を緩める、いっしゅん、多分。
他の人の笑顔に比べれば笑ってるのかそうじゃないのか分からないくらいの表情の変化だけれどそれが深司くんだから仕方が無い。
無愛想でなに考えてるのかよく分からないけれど、細かいところにはよく気づいてやさしいひと。
わたしのことをすきなのかそうじゃないのかだって分からなくなったりするときもあるけど偶のキスはやっぱりあたたかい。


「笑った、」


「笑ってない。っていうか何がそんなに気になるのさ、第一そんなこといちいち言われてたら笑うものも笑えなくなる」


「だってうれしいよ、深司くんが笑ったら。あったかくなるし、すきだな、って思うしきれいだと思う」


わたしたちは家につくための曲がり角をそのまま足を止めることもなく通り過ぎた。
どこに行くのか分からないけれどわたしたちは大雨の中歩いた。いっしょにいられるならどこでもよかった。


「うれしいって言うのは分からないでもないかも」


「ほんとう?」


「…いや、嘘。」


ビニル傘の天辺からしずくは深司くんの肩にたくさん流れて落ちる。
深司くんはふいっとそっぽを向いて、灰色の世界に朱が差した。
深司くんはパレットに何色もたくさんの絵の具を持っていて、わたしはそれが大きな世界のキャンパスに塗られるのがだいすきだ。
きれいな色もそうじゃない色もだいすきだった、深司くんが塗り替えていく世界をわたしは愛した。
寝て起きるごとに、瞬きをするごとに、色を増し変わっていく毎日がすきでそれは全部深司くんのおかげだ。
深司くんもまた、わたしが塗り替えていく世界がすきだと言ってくれた。でもわたしはあまりたくさんの絵の具を持っていない。


雨はまだまだ止む気配もなく、わたしたちもまた、足を止めはしなかった。


(こうして色づいていく毎日で、だから、どうかいつも、)
(こうして色づいていく毎日でいつだって、きみは、)














やさしく笑って
企画silent starさまへ提出です。参加させていただきありがとうございました。