仁王君の素晴らしき犯罪(に近い?)行為のおかげで、
消灯時間まで鍵が開きっぱなしの屋上には鍵がかけられた。
現在この屋上に居るのは私と私の彼氏の丸井と、仁王君の3人だけ。

「・・・さっきからお前さんらは何をしとるんじゃ」
「別に、何も」
「俺は座ってるだけだぜぃ・・・」

はあ、とワザとなのかそうでないのか。
大きく溜息を吐いた丸井に私は顔を少し、顰めた。

・・・」
「なぁに、仁王君」
「いい加減にしんしゃい。愛しのブンちゃんが真田に怒られてもいいんか?」
「ブンちゃん言うな・・・」
「私には・・・関係無いもん」

少し動き、俯く。
私は今座っている丸井に前からくっつき、胸に顔を埋めている状態だ。
こうなってから、かれこれ1時間は経っている・・・と思う。

「なあ、ー・・・いつまで俺にくっついてるワケ?」
「・・・で・・・・・・から」
「は?よく聞こえねぇ・・・からもう一回!」

私は確かに丸井のその質問に答えた。
聞こえない小さな声で。同じことは2度も言わない。―ずるい。
だけど、丸井の方がこんな私よりも、ずっとずるい。

「同じこと、2度も言わないよ。聞き取ってくれなかった丸井が悪い」
「んだよ〜・・・別にいいじゃん」

俯いたままだから表情は見えないけど、多分膨れっ面だ。
私よりずっと可愛くて、一緒に居るとたまに惨めに思う時がある。
(勿論、カッコいいと思う時もあるけどね)

「はぁ・・・。さっさと素直になりんしゃい」
「・・・・・・・・・イヤ」
「ほぉ・・・だったら俺が言っていいんか?」
「知らないくせに。勝手に言ってれば。絶対勘違いだよ」
「んじゃ遠慮なく言わせてもらうぜよ」

フェンスに凭れていた身体を起こしたのか、
カシャン・・・とフェンスの擦れた小さな音が耳に届いた。
私と丸井が居る方へ向かって、屋上を歩く靴音も、遅れて。

「・・・丸井、の耳塞いどいて」
「お、おぅ・・・」

ぴたりと私たちの傍で止まった、仁王君の足音。
仁王君がそう言えば、躊躇いがちに丸井は私の耳を塞いだ。
(そんなことをしても指の間から、私に届くというのに)

「・・・・・・・・・んよ」
「はっ?!」
「じゃか・・・は・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・?」

仁王君はかなり小さな声で話しているのか、会話が上手く聞き取れない。
ちょっと気になって丸井の耳元で話す仁王君にチラリと視線を向ければ目が合って。
そしてニヤリ、と笑ってみせた。何だかその表情がやたら憎らしくて、私はすぐにまた俯いた。

「あ〜・・・えっと、その〜〜〜・・・・・・」
「・・・仁王君?何言ったの」

何故か私の頭上で唸る丸井。仁王君が丸井に何を言ったか益々気になる。
だから渋々と言う感じに仁王君に問えば笑いを含んだ声で

「俺のは勘違いなんじゃろ?」

と言って屋上を去ってしまった。
(先ほど閉めたドアの鍵を開けるまでにかかった時間、約1秒)
何だったんだ、と思いながら仁王君が去って行った屋上のドアを見つめる。

「ごめんな・・・

ピクッ、と僅かに肩が飛び跳ねる。
今まで唸っていた丸井を纏っていた雰囲気が、一瞬にして変わったのが分かった。

「お、図星?流石仁王だな〜」
「ちっ、違うもん!そんなんじゃない!!」

そう叫びながら慌てて丸井から離れる。
赤くなった顔を隠すように、丸井に背中を向けて屋上のドアへと猛ダッシュ。
ドアノブを掴んで勢いよく捻る。ガチャ、と音を響かせてドアは―開かなかった。

「な・・・何で開かないの!?」

何度も何度もドアノブを捻るが開かない。
・・・も、もしかして仁王君外から鍵閉めた?!


「え?ちょ・・・重っ!!!」

ぐでぇ、と私の上の凭れかかって来る丸井を、必死に背中で押し返す。
じゃないと壁と丸井に挟まれ、押し潰され・・・苦しい思いをしなければならなくなる。
だけど重いと何度訴えても丸井は止めようとしない。

が俺の名前呼んでくれたらいいぜぃ?」
「・・・・・・・・・っ!!」

数週間前からだっただろうか。
私が丸井・・・ううん、ブン太と仲がいいからイジメっぽいことがあった。
それを知ったブン太は、私のことを名前で呼んでいたのを止め
私にも自分のことを丸井と、名字で呼べと言って来た。
それが凄く嫌で。イジメっぽいことより、それの方がずっと苦しかった。
男子テニス部(真田君を除いて、だけど)以外の人は私たちが付き合ってることを知らない。
けど、私たちは恋人同士なんだよ?名前で呼び合わないなんて・・・変、だよ。
だから“恋人”と言うものが、まるで形みたいで・・・凄く、不安だった。
部活に忙しいブン太と2人で居る時間は、名前で呼ぶことを禁じられたあの日から一切無かったから。
―そしてその不安が募った結果が、今日の私の行動・・・・・・。


062:名前を呼んで、いつもみたいに
(・・・・・・ブ、ン太)(ん、上出来!)
自分から言い出したクセに・・・嬉しそうに笑うブン太を見て、やっぱりずるいと思った。