しずかに吹き抜けていく風、 PiPiPiPiPi..... 「…ん、」 PiPiPiPiPiPiPiPiPi.... 「だああああうるせぇっ!」 ピッ 「誰だよ!」 『…赤也?あたし、だけど…』 「!あ、…?」 『ごめん…寝てた、の?』 「あーいや…(思いっきり怒鳴っちまったよ…)悪ィ」 『ううん、こちらこそ、ごめんね』 朝、気持ちよく睡眠していた俺は、携帯の着信音で、というなんとも煩わしい起き方をした。 ただでさえ寝起きは機嫌が悪いと日々母さんやらやら先輩やらに言われているくらいなのに、 さらに携帯の着信音とくりゃ、そりゃ機嫌の悪さも倍増だっての。俺の眠りを妨げるのは誰だ!ってね。 けど、予想外なことに、電話をかけてきたのは最愛の彼女、だった。 後悔するも、時既に遅し。気づいたのは、思いっきり怒鳴った後だった(ディスプレイちゃんと確認しろよな、俺…)。 「…で、どうしたんだよ?」 『あ、うん、あのね 今日なんだけど、何時に帰ってこれる?』 の言葉に、寝起きの頭をフル稼働させる。 ( 今日の予定は取材だけだから…練習2時間したとしても… ) 「ああ…今日は昼までで終わるから、2時には帰れるぜ」 『ほんと?じゃあ、それからデートしない?あたし、今日急遽休みになったの』 「いいぜ!終わったらん家迎えに行くよ。あと、よければ昼飯も作っといてくんね?」 『ふふ、了解。それじゃ、終わったら連絡ちょうだい』 「オッケー。んじゃな!」 『ばいばい』 ピッ… 通話を終了して、携帯をベッドに投げ出した。 寝巻きを脱ぎ捨て、そそくさと着替える 予定より少し早い目覚めだけど、いつも遅刻ばっかしてる俺には丁度いいだろう。 テニスバッグを担ぎ、部屋を出て階段を降り、リビングへ。 「ま!今日は早いじゃないの、赤也」 「まーね、俺もたまにはやるんだよ」 「何言ってんのたまたま電話に起こされたんでしょ」 驚いた様子の母さんに自慢げにしていると、背後から俺の声をソプラノにしたバージョンみたいな声が。 まぎれもなく、この声の主は… 「なんで知ってんだよ姉貴」 「いや、カマかけただけ」 「んだと!?」 「はいはい2人ともやめなさい。朝ごはんよ」 「はあーい」 「チッ…」 舌打ちして食卓につく。 今日の朝飯は、白ご飯と焼き魚に味噌汁、というなんとも和風なものだった。 「肉がねえ!」 「…そう言うと思って、はい」 母さんが俺の前に新たに皿を置いた …豚のしょうが焼き。 できれば牛がよかったけど、まあいいか。そう思い、箸をとった *** 9時からテニス雑誌の取材が控えている。んで、そのあとテニスの練習…んでその後は、っと 今日の予定を頭の中で繰り返しながら、取材場所へ向かい車を飛ばす。 ――――― 高校を卒業すると同時に、俺はプロの道へ進んだ。 俺のほかには、幸村部ちょ…いや、幸村さんがプロの道へ一足先に。 真田さんや他の先輩たちは、大学へ行きながらサークルへ入ったり、仕事に就き趣味として続けていたり… そんな感じだ。 たま〜に、本当にたま〜に、あの頃のメンバーでテニスをすることもある。 けど、やっぱほんと時々でしかできねえんだよな。俺と幸村さんはプロとして全国、いや世界中を飛び回ってるし、 他の先輩たちも様々な仕事に就いてるから。大学組はともかくとして。 プロになり、いくら中学・高校時代、王者立海大のエースとして名を馳せていた俺でも、プロの世界は違った。 思ってたより、厳しかった。 けど俺は早く上に登りたくて、幸村さんに追いつきたくて……何より、早く一人前になりたくて、 新人の俺でも出られる大会には片っ端から出た。取材にも応じた。 そうして、今ではプロの世界でも結構名の通る存在となることができた。 それでも、まだ世界のトップは遠い。幸村さんでさえも、トップクラスではあるものの、トップではないんだ。 これから先、俺は世界を飛び回ることも多くなると思う。 んで、結構安定したポジションにもたどり着いたし、もう一人前とも言えるだろうし…貯金も結構貯まったし。 そんな俺は、ひとつの決心をした。 *** ピンポーン 「はい」 「よっ」 「赤也!どうぞ、入って」 「お邪魔しまーす」 笑顔で出迎えてくれたを思わず抱き締めそうになったけど、一応おさえといた。ここは玄関だ玄関。 は1人暮らしだ。 高校を卒業すると共に、職場に近いこの1LKのアパートに引っ越してきた。 何度も何度もここに通い詰めているせいか、の部屋には俺の私物もいっぱいある。 ちょっと申し訳ないと思いつつ、なんとなく嬉しい。 「お昼ご飯、だよね」 「そだなー腹へった」 「ふふ、ちょっと待っててね」 は笑顔だけを残しキッチンへ。 俺はリビングのソファに沈み込んだ。あ、やべ、窓から差し込む太陽いい感じ…寝そう。 うとうとしていると、すぐにが戻ってきた。両手にお皿を持って。 「今日のお昼ご飯は普通のピラフ…と見せかけて、栄養たっぷりの特製ピラフでーす」 「おお!」 いい匂いに、眠気は吹っ飛び、俺はソファから飛び起きた。 そんな様子に、がふふ、と笑っている。 「スポーツマンだもんね、健康には気をつけなくちゃ」 「サンキュ」 嬉しさを隠し切れずにっと笑うと、も嬉しそうに微笑んだ。 (…あ、) 俺 今 なんか、 すっげえ、幸せかも。 唐突にそんなことを思いながら、スプーンを手に取り、いざ! ピラフを口に含むと、ピラフ特有の塩コショウの味に混じって、高菜とベーコンの絶妙な味加減。 思わず美味い!と叫ぶと、はありがとう、とまた嬉しそうに微笑んで。 その笑顔を見て…俺は何も考えずに、口を開き、 「 結婚しようぜ 」 …そう、口にしていた。 「っえ!?」 の目が、大きく見開かれる。 そしてやっと俺も、我に返って。 「え、いや、あの…その、だな……こんなこと言うつもりは…いやあったんだけど、その…」 「あか、や…」 「…俺、マジカッコ悪ィな……こんな風に言うつもりじゃなかったのに…」 「…ふ、」 「……?」 「ふ、あはははっ…」 「!?わ、笑うなよっ」 「だ、だって…はは……っ、は…」 恥ずかしがる俺、笑う。 けれどの目は、どんどんと潤みだし、しまいには頬を一筋の雫が流れ落ちて。 「…?」 「笑ってごめ……嬉しい、の」 「…、」 「そんな、なんか抜けた感じが…赤也らしくて…嬉しい」 「…へへ、そう?」 「かっこ悪いけどね」 「それは言うなよ…」 「あはは…」 泣きながら笑うが、どうしようもなく愛しくて。 俺はおもわず、腕を引いての小さな体を腕に閉じ込めた。 「赤也…?」 「…だまって」 「、…?」 耳元で静かに囁くと、はだまりこんだ。 俺は小さく深呼吸をすると、抱き締める腕の力を少しだけ強め、 「 この命続く限り、お前を幸せにすると誓う。…俺と、結婚してください 」 「…!」 が息を呑んだのが、わかった。 早い鼓動は、俺のものか、それとも…のものか。 俺たちはぴくりとも動かず、そのままの状態でじっとしていた。 けど、俺は知ってた。俺の胸で、が静かに涙を流していたこと。 小さく、けれども何故かハッキリと聞こえた 「 …はい 」 というの言葉に、俺の目にも暖かいものがうっすらと浮かぶ。 溢れる涙の意味を、俺は知ってる。 それは―――――… 間抜けな赤也のプロポーズに、一瞬笑ってしまったけど、それ以上に嬉しかった。 等身大の、彼の本音だと 心の底から感じたから。 笑いながら、溢れる涙をこらることができず、泣いてしまって。 そんなあたしを見て、赤也はひどく優しい表情をして、あたしを抱き締めた。まるで、愛おしむように。 そして耳元で紡がれた、さっきのプロポーズとは違い間抜けじゃない、カッコいい、真剣なプロポーズ。 いつもおちゃらけた赤也なだけに、びっくりした。嬉しかった。 ドキドキと鼓動がうるさい。でも…これはほんとにあたしの鼓動かな?赤也のかもしれないね。 言葉にできないくらい嬉しくて、あたしは赤也の胸で、静かに泣いた。 そして震える声で、 「 …はい 」 返事をした。短かったけれど、あたしの想いが、嬉しいという、幸せだという、あたしの想いが 伝わってくれればいい。 ぽた、とあたしの頬に一粒の雫が落ちてきて、あたしの涙腺はさらに緩んだ。 溢れる涙の意味を、私は知ってる。 それは―――――…
溢 |