女の子って言うのは相変わらずおまじないだとか占いだとかそういうのに弱すぎる。例えば彼に気付かずに願えばそのまま両想いになれるだとか、そのまま付き合うことが出来るとか。本当にしょうもないことで女の子は引っかかるんだ、と思ってしまった。

……それを信じているのがその"女の子"というものに部類される私も、少しだけ固執しているから余計そう思うのかも知れない。本当に我ながら情けないものだと思う。




秘密の願い事





「おまじない?」

雑誌の一ページにあったものだった。友達でわいわい騒ぐ休み時間だったけれど今日だけは違った。友達の一人が持ってきた雑誌にこれでもか、という具合におまじないや心理テストが盛りだくさんだったからだ。女の子はそういうのが好きだってつくづく思う。毎時間毎時間騒いでいる休み時間は無く私達はその雑誌に掲載されているたくさんの心理テストとおまじないを読んでは話し込んでいた。友人達がほんの少しだけ飽き出した頃私はその友人から雑誌を借りて小さなさくらんぼ、というコーナーを見つけた。よくあるおまじないだった。さくらんぼを書いて其処に好きな人の名前と自分の名前を書く。ただただ単純でそういえばこういうのも聴いたことがあるなあ、なんてぼんやりと私はそれを見て思っていた。

例えばそのおまじないの叶うものと言えばこうだ。意中のあの人と同じクラスになりたい。意中のあの人と席が隣になりたい。意中の部分を大好きな友達、というものでも割りと話はつられやすい方向に転換する。私はそのコーナーを見ながら誰も見ていないことを確認すると、さくらんぼを書いて名前を書いた。

私には片想いの人が居た。―忍足侑士―この学校に通っていればきっと知らない人なんて少ないであろう彼に私は惚れてしまっていた。そういえば席替えはあと1週間ぐらいであるらしい、丁度良いじゃないか。そう思い込んで軽いノリで書いていた。私が忍足くんに思いを寄せるのは1年生の時のこと。その時は何も知らずに忍足くんの席の隣になっただけで特に変わることはなかったし、ある程度話せる中だったのは私も思う。

だけど忍足くんの人気はぐんっと跳ね上がった。外部入学ということもあり、知り合いが居なかった時期に私と話したんだろうし、今思うとあの忍足くんと少しでも仲が良かったのだと思うだけで私は驚きを隠せない。2年生は同じクラスにならず、今年は折角同じクラスになったのにも関わらず話すことさえしていなかった。もしも席替えで、もう一度彼の隣に座ることが出来れば、


少しでも話せるチャンスなんじゃない…?


そんなことさえ考えるようになっていた。勿論私も中学生だ。小学生と違っておまじないがどれだけ迷信か分かるし、叶わないことだって幾度なく経験している。でも、何かしたかった。何かすれば忍足くんとまた話すだけでも出来るんじゃないか、ってどこかで思っていたから。


おまじないの続きはこうだった。名前を書いたその紙を肌身離さず1週間その日まで持ち歩くこと。もちろん決して誰かに見られちゃいけないし、触らせてもいけない。肌身離さずは何処までいけるか分からないけれど、簡単なことでよかったと私は安堵の息を吐いた。その紙を小さく折りたたんでわたしは制服をポケットに押し込む。誰にも見つかりませんように、と心の中でひっそりと願いながら。



、次移動じゃない?」
「あ、ほんとだ。もう行くの?」
「早めに行っとく。ほら教科書持ってきなよ」

席替えは明日だった。その日まで肌身離さず持っていることを何度も確認していたけれど私はその日ばかりは何故かすっかりのポケットにある紙のことを忘れていた。

何度か廊下で忍足くんとすれ違うことはあったし、その時に話しかけれればどれだけ私は前に進めるんだろう、とさえも考えていた。クラス替えのあの日「1年生以来だね」そう話しかけれていればどれだけ良かったか。私は廊下ですれ違う忍足くんを見る度に思ってしまっていた。本来は、おまじないなんかに頼ることはないのに。一番自分が分かっている、はずなんだけれど。













「な…い…」

制服のポケットを幾度なく叩いて何度も何度も見てみたけれど其処にはあの紙が無かった。鍵や落とせば音がなるようなものじゃないし、あんな紙切れ落としたところで落とした張本人である私も全然気付きはしなかった。制服をさかさまにしたり何度も何度も探してみたけれど小さく折りたたんだ紙はポケットからでてくることは無かった。この際失くしてしまったものは仕方が無い。私は新たにあの紙を拾った人は開かずにそのままゴミ箱へ捨てていることを祈り始めていた。



朝一番に席替えは行われた。クラス委員の女子と男子がくじを作ってただそれを皆が引いていく。ただただ単純だし、皆それほど意識はしていないんだと思う。強いていうならば好きな相手の近くになりたいだろうし前の席はあまり好まれないだろうし。うちのクラスには忍足くんも居る。その隣を女子は狙っているのかも知れない。私の番になると、あのおまじないさえ無くなってしまった上に私はくじ運が本当に悪いわけでも良いわけでもない。一番前の席になりたいわけでもないしなりたくないわけでもない。友達が何時も遠くじゃないし、それでも直ぐ近く名わけでもない。つまり本当に何時もまちまちな席替えばかりしてきた。

ゆっくりと小さな紙を開くと其処には赤いペンで23と書かれていた。ちらりと黒板を見てみると窓側の隣の席だった。今回私は"良い席"を引き当てたらしい。紙と黒板を照らし合わせるとクラス中がざわめきだす。最悪だの近くだね、だとかそんなことを言い合いする人の声を聞きながら私は自分の席へと机を動かし始める。机の移動する音が響く中、私は目を見開いた。



「忍足くん?」
「…あ、さん」
「忍足くん、あの、此処なの?」
「そうみたいや。一番後ろの窓の席って今月ついてるわ」
「そ、そっかあ」
さんは?」
「ここ、あの、忍足くんの隣」
「そうなん?」
「うん」
「そっか。それやったら1ヶ月宜しくな」


そう言いながらゆるりと笑いながら忍足くんは笑う。





「そないゆうたらさんと1年の時も席替えで隣になったでな?」
「!…そうだね、覚えてたんだ?」
(うわあ、覚えてるもんなんだ、忍足くんも)

「そりゃあなあ。あの時はよお喋ってたのにな」
「あはは、だって忍足くん直ぐに人気者になっちゃうんだもん」
「せやった?」
「うん、そうだよ。だから話かけらん無くなったの」
「…ふうん」


案外久し振りに会話するのも普通だと思い私は息を吐いた。行き成り初めまして、だとか言われるんじゃないか、って冷や冷やしていた私にとって忍足くんの反応は凄く嬉しかった。寧ろ1年ぐらい話していないのにも関わらず私のことを覚えていてくれた忍足くんの脳細胞に私は心底感謝しまくった。天才はやっぱり違うだのなんだの何故かそんなことを考え出すととまらなかった。



*

*

*




さん、ノート見せてくれへん?」
「ノート?」
「さっき字見にくかって…ええ?」
「あ、うん。良いよ。じゃあ明日で…」
「いや放課後ちょお見せてくれるだけでええから」
「大丈夫?」
「それだけでええよ」

6限目に声をかけられた。何事かと思ったけれどその言葉がたまらなく嬉しくて、私は了承した。忍足くんがノートを写しているのを見据えて、私はそのまま足を揺らす。綺麗な整った字を書くテニスをしている忍足くんをよく見ているからか新鮮に思えた。


「なあ、最近女子の間でおまじないとか流行ってるん?」
「え?いや、別にそういうのは無いと思うけど」
「そうなんや。じゃあさん、おまじないとか好きなん?」

…え?

「いや、普通…だけど」
「…ふうん。さん」


「何?」




「なんで、俺がさんの隣の席座ってるか…知っとる?」



忍足くんの髪の毛がさらりと揺れる。おまじない、あの紙は何処かへ行ってしまった。だけど、如何してそんなことを問い掛けてくるのかが分からなかった。おまじないをしなくても忍足くんの隣になれたんじゃないか、ってそんな錯覚を覚えていた。違う、偶然なんかじゃない。


「これ、拾ってん」
「え―……」
さんの、字やんな?ノートと同じ字」
「う、そ…」
「ほんま」
「…ごめん」
「なんで謝るん?」
「だって…」

「嬉しかったのに」






「出来れば秘密より、俺の隣になりたい、ってさんの口から聞きたかったんやけど」



忍足くんには何も隠せなかった。忍足くんはそれから私にって呼んでもええ?と言葉を続かせ平然と好きやねんけど、と言い放った。私は慌てて返事をすると忍足くんはゆるりと笑ってくれた。何とも思っていない相手の隣にわざわざなろうとしないだとか廊下で話しかけて欲しかっただとか。忍足くんは私の知らないことを教えては笑ってくれる。

秘密なんてしない方が、良かったのかも知れない。

よれよれになったおまじないの紙のポケットにしまい込んで私は忍足くんに笑い返した。




(2008/9/10 |企画→silent starさま Thank you!)