退屈だ。部活が終わってから少しミーティングをしたせいで、いつもより少し遅くなった帰宅。晩御飯はとりあえず食べたものの、着替える気力もお風呂に入る気力もなく未だに制服のままベッドにダイブした(ああ、このまま寝たら二度と目は覚めないかもしれない)
「…やば、私宿題やってないし…。」
いつもなら明日蓮二に写させてもらおう、で終わらせたことにして寝てしまうところだ。あーあ、折角いい感じに夢の国に入国できそうだったのに。ふらつく頭をなんとかおさえて、かばんから数学の問題集とファイルを取り出す。数学だけは1時間目なこともあるし、尚且つ先生が厳しい。宿題は週に1度だけだしとこれだけは自力で問題集を解いて提出するようにしている(意地悪なことに答えなんてものはついていない)この努力のおかげなのか、いつも数学だけはテストでいつも10位以内に入る。他は、うん。まあいつも蓮二にテスト前集中特訓してもらってるから悪くはない、悪くは(半分より上なら優秀だと思うのに、そう言ったら真田に「たるんどる!」と一喝された)
「と、言いましても。」
やばい。まず、問題の意味がわからない。え?日本語だよね、これ。まさかの外国語かなにかですか?そういえば数学記号とかは世界共通ですよって、柳生か誰かが言っていたっけ。
「蓮二に聞こう…。(またバカにされるけど!)」
カーデガンのポケットから携帯を取り出して、電話帳を開く。や行のページの上からふたつ目。もう指がその場所を覚えていて、スムーズに通話ボタンを押すまでにたどり着く。一瞬、もう寝てたら迷惑だなあと思って右上に表示された時計を見ると、まだぎりぎり8時台。とにかく早いうちに、と通話ボタンを押す。小さくかち、と音が鳴って画面に発信中のアニメーションが流れたのを確認してから携帯を耳に軽く当てる。7回コールが鳴ってから、聞き慣れた心地よい蓮二の声。
「もしもし、。どうした?」
「ごめんね蓮二、寝てた?」
「いや、明日宿題があっただろう。」
「あ、そうそれ。それなんだけどさ!」
「数学は得意だろう?余裕じゃないのか?」
ほのかに耳に届いたやわらかい蓮二の笑いが聞こえて、思わず頬がゆるむ(でも、これはバカにされているような)
「それが、問8で躓いてさっぱりわからないの。」
「ああ、問8は俺も分からなかったぞ。」
「え?!うそでしょ?」
「本当だ。に聞こうと思って空白にしてある。」
「いやいや、私もわからないよ。」
「ひとつやふたつ今の知識では解けない問題が混じっていて当然だ。」
「確かに…!でも悔しいんだよなあ。」
問題集を掲げながら、開けた86ページの真ん中を占めた強敵問8をもう一度眺める。かなり頑張れば解けそうなんだけどなあ。
「大人しく明日に回せ。」
「うー…ん?」
「なんで疑問系なんだ。」
「あ、いけるかも!ちょっと待ってて。」
携帯を肩と耳の間に挟んで、蓮二の呆れたような溜息を聞きながらノートをひっぱってくる。ペンケースからシャープペンと消しゴムを乱暴に抜き取ったために、机の上から開いたままのペンケースが落ちて音をたてる。蓮二がそれを聞いて今度は苦笑したのが聞こえた。
「ええと、あ!ここをこうしてー…。」
「おい、電話を繋げている意味はあるのか?」
「へ?あ、やっばー。今月電話代ヤバイんだった。」
「呆れてものも言えん。」
「えー、とかいってその大半は蓮二なんですけどー。」
携帯を挟みなおしながら右手は延々と公式を書き続ける。案外、解き方がわかればそれほど難しいものではなかったというのがまた悔しくてたまらない。
「と同じで俺も今月はぎりぎりだ。」
「私以外と電話すんの?この公式がー、と…。」
「心外だな。部活の連絡だってあるだろう。」
「ていうかさ、いつも疑問なんだけど真田って携帯活用できてるのかな?」
「さあな。弦一郎のことだ、活用できているとは言えないだろう。」
「あー、やっぱ?絶対文字サイズ最大とかだよね。」
「…さあな(事実、その文字サイズに設定させられたのは俺だ)」
「まあ、さすがに大くらいかな?ていうかさ、できたよ!」
ノート1ページにひろがる数式は、丸井あたりが見たら倒れるかもしれないと思うほどぎっしりだった。満足気にシャープペンを机の上に放って、感覚がなくなりかけている右手をぶらぶらする。
「ふむ、明日教えてくれ。さっぱり分からん。」
「いいよー。いつも数学しか蓮二に勝てることないし。」
「それはもっともだな。」
「…ちょっとは否定してよ。」
「が言い出したんだろう。」
「まあ、そうなんだけどさ。」
ふとカーテンを閉め忘れていた窓から入ってくる月の明かりがきれいで、窓辺まで椅子に座ったまま移動していく。窓を開けると少し寒いけれど、風が心地よい。月を囲むようにして星が散らばっている。ふと、蓮二と一緒に見たいなと思う。会いたいなと思う。
「…ね、蓮二。」
「何だ?」
「今からそっち行く!じゃね!」
「は?おい、待て、」
そこまで聞いて通話終了ボタンを押す。途切れた蓮二の声。そのまま長押しして、電源を切る。ポケットに携帯をすべり込ませて、コートとマフラーをひっつっかんで、いつのまにか9時を回っていたことにも気を止めず、リビングでテレビを見ていた家族にちょっとコンビニに行ってくると告げてから足早に家を出る(うちは結構自由な方で、時間にも関わらず早く帰ってらっしゃいとだけ言われた)コートをはおって、マフラーを巻いて。紺地のカーペットに宝石がちりばめられたような、雲ひとつ見当たらない星空を仰いだ。せっかくなので無限に散らばる星屑をひとつふたつみっつ、と数えながら蓮二の家までの道のりを進む。時折現れる電信柱に注意しながら数えているうち夢中になって、前から来た人影に気付かなかった。
「うわ、」
「何をやってるんだ?」
「蓮二!」
まったくとかお前はとかぶつぶつ言いながらも手を繋いでくれた蓮二の手は冷え切っていた。走ってきてくれたのかなあ、なんて夢を見てみる(見るだけならタダなんだからちょっとぐらいいいよね)
「いきなり電話は切るわ繋がらないわで心配したんだぞ。」
「えへへ、」
「…何か変なものでも食べたか?」
「特にはないよ?」
「なにならあるんだ。」
「理由もなしにただ会いたくなっただけ!」
「俺に、か?」
「蓮二に決まってんじゃん。他に誰がいんのよ。」
に、と笑ってからさっきのように空を仰いだ。すると少しばかり驚いて目を見開いた蓮二がすぐに表情を戻してからふっ、とまるで風のように笑ったのがみえた(どうして彼の笑った顔はこんなにきれいなのだろう)満天の星空をまた最初から数えながら、繋がれた私の右手と彼の左手の指をからめて微笑んだ。
20080305 星屑をひとつひとつ数えて * presentation work