週末、金曜の夜。街中のビル地下にあるダーツバーに、此処でカクテルを飲むに相応しくない少年が居た。
とはいっても高校生の彼は、見た目・雰囲気共に大人びている為、周囲の者が怪しむ事はない。
仮に気付いていたとしても、それをわざわざ咎める者も居ないだろう。此処はそういった場所である。

ゲームではなく、手遊び程度にダーツを投げていた少年――仁王雅治は、カクテルの最後の一滴を飲み干した。
二杯目の注文を、近くに居たウェイターに伝える。数分後、注文の品を持って来たのは先程の男性ではなく、
まだ若い女性であった。彼女は微笑を浮かべ、「 スネーク・イン・ザ・グラスです 」 と、テーブルにグラスを置いた。
さんきゅ。仁王が軽く礼を言いながらグラスに手を伸ばすと、彼女と目が合った。彼女は一瞬不思議そうな顔をしたが、
仁王の顔を二、三秒じっと見つめると、大きな目をばちっと開いた。さっきまでの大人びた女性の雰囲気は何処へやら、
急におどおどした態度になったかと思うと、「 し、失礼します! 」 と背中を向け、去って行ってしまった。

――何じゃあれ。 まさか、一瞬で惚れたとでも?

そんな風に自惚れてみたが、まぁそれはないだろう。自分より格好が良い本当の大人など、
こういう場にならばいくらでも居る。 仁王が店内を見回しながらそう考えていると、
少し離れた所に彼女が居るのが見えた。此方の視線には気付いていない。

――――ん?

仁王は方眉を上げた。あの横顔、つい最近何処かで見たような……
彼女の横顔を見つめながら記憶を辿ってみると、ある一人の女に行き着いた。
グラスを持ち、テーブルから離れる。 近付いて来る仁王に気付いた彼女が、逃げようとした。
仁王は、逃げ去ろうとした彼女の腕を、グラスを持っているのとは逆の手で掴む。
ニヤリと笑って 「 こんばんは 」 と言う仁王から目を逸らした彼女は、不自然な迄に目を泳がせた。

「 こ、こんばん、は…。 何のご用でしょう、お客様 」
「 そんな余所余所しい態度取るんか、悲しいの〜。 先月までお隣さんじゃった、ってのに……なぁ?サン 」

仁王が名を呼ぶと、彼女――3年B組で、つい先日まで仁王の隣席だったは、観念したかのように溜息をついた。

「 ……どうして、高校三年生の貴方が、こんな時間…こんな場所にいらっしゃるんですか、仁王くん… 」
「 それはコッチの台詞じゃ。 お前さんこそ、何でこんな時間…こんな場所で働いちょるんじゃ? 」
「 知人である、このお店の従業員の方に頼まれたんです。人員不足らしくって 」

おかしい。こんな洒落たダーツバーであれば、アルバイト志望者が少ないなんて事はないだろう。
若くて綺麗な子を入れておけば、集客率アップに繋がる――そんな狙いがあったに違いない。
現に、先程のの周囲には、彼女目当てと思われる輩が集まっていた。
……それにしても。

「 、お前さん、学校におる時と全然雰囲気違うのう… すぐに分からんかったぜよ 」

仁王が知っている彼女は、眼鏡を掛け、髪もアップしており、休み時間には教室の隅で教科書を読むか、
その日出た宿題を済ませているような、そんな勉強ばかりの、目立たないクラスメートであった。
一ヶ月間隣席ではあったが、彼女が他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた事もあり、
実際に会話を交わしたのはたった数回のみである。 しかし今の彼女は、全く違う。
眼鏡を外し、髪も下ろし、客と笑顔で会話を交わし――全くの別人のようである。
その為、仁王がすぐに分からなかったのも、無理はないのである。

「 ほら、夜は此処でのバイトがありますし…授業中に寝ちゃったり、宿題が出来ない事が多いんです 」
「 だから、休み時間を使って予習復習、それから次回の宿題を済ましちょるんか… ほ〜ぉ、偉いのぅ 」
「 受験生ですし、成績、下げたくないですから。眼鏡や髪も、先生にバレない為に変えているだけですよ 」

伊達眼鏡だそうだ。「 視力だって、本当は1.0以上あるんですから! 」 とは自分の目を指し、片目を閉じて微笑んだ。
彼女が学校で笑う所など、今迄に見た事がなかった。 何だ。接客以外でも、ちゃんと笑えるんじゃないか。
隠されていた、の素顔。 彼女の様子からして、この秘密を知っているのは、仁王一人だけのようだ。
―― “ 自分だけ ” が知っている。
その事が、仁王のに対する興味を、一気に湧かせた。 ……もっと、知りたい。



『 一ヶ月も隣におったのに、この俺でさえ気付かんかった。 この女の、本当の姿に 』



面白い。ならば、全て見せて貰おうではないか。 の本当の姿を、もっと、もっと。

「 …お前さんが此処で働いちょる事は、黙っといちゃるぜよ 」
「 本当ですか!? 助かります、仁王く……、 」
「 ただし、俺からの願いも一つ 」

何ですか? と首を傾げるの小指に、仁王が自分の小指を絡める。
は手を引っ込めようとしたが、させなかった。



「 俺が此処に来る事を、誰にも言うんじゃなかと。 それから、学校で話し掛けても無視せん事。
  あと今度、俺とダーツで勝負じゃ。…賭けるのは、とのデート権じゃから、覚悟しときんしゃい 」



絡めた小指に唇を落とした仁王は、詐欺師の様な、怖ろしい笑みを浮かべた。




指切り、ひとつ
「 あの、仁王くん、『 俺からの願いも一つ 』 って……でも今、三つぐらい…!? 」
「 そうじゃったか?しかし指切りしてしまったモンはしょうがない。…守らんと… 」
「 ま、ままま 『 守らんと 』 、 い、一体…何なんです、か…!?? 」



――silent star様へ捧ぐ。100分の1を担当させて頂き、本当に有難うございました!