うまくいかないことばかりだ。
どうして、どうして、どうして。



「今日も悩んでいるのかい?少年。」
先輩!帰っていたのではないのですか?」
「太一が思い悩んでる顔してたからね。気になって。」
「…僕そんなに悩んでる顔してるですか?」
「そうだねぇ…南や、亜久津が気にする位には。」
「ダダダダーン!亜久津先輩がですか?!」


目の前の少年は、出された名前に驚いたように目を丸くした。
あ、ヘアバンドが落ちた。
可愛い可愛い後輩の、壇太一クン。
マネ業をしていたはずなのに、気がついたら彼はラケットを握っていた。
一度だけ聞いた事がある。『どうしてラケットを持とうと思ったの?』
彼はとても綺麗な笑顔でにっこり笑った。
『身長とか、関係ないです。僕には僕にしかできないテニスがある気がするです!』

亜久津の後ろを追いかけて。
まるでアヒルの親子みたいだね、と亜久津にいったら睨まれた。
けれど、亜久津だって心配してはいるみたいで。
こっそり私に言った。

『あのチビ、なに悩んでやがる。』

その言葉に驚いたのは、私。

私は、別にテニス部に所属しているわけでもなくて亜久津とたまたま同じクラスが続いただけの縁。あ、南もだった。
ただ、偶然だった。

テニス部顧問の伴爺に用があって、コートに向かっただけ。
レベルはそれなりだと聞いていたけれど、地味だし。主に南。
そうしたら、コートを走り回っている男の子を見つけた。
亜久津の後を着いて歩く男の子。

同じクラスが続いたとはいえ、あんな目つきの悪いヤンキーと話す事は一度もなかった。
でも、興味を持ったの。
キラキラ瞳を輝かせて亜久津の後を歩く男の子。

それから、私はこっそり練習を見るようになった。
教室・図書室色んな場所で。

亜久津と話す様になったのはあの子がいたから。
あの子と話す様になったのは亜久津がいたから。
南もいるんだけど、地味だし。



「で、何を悩んでいるの?」
「…僕は先輩たちに比べて小さいし、力も弱いです。僕は選手になれるのかなって。」
「ふーん。」
「こうしている間にも、越前君は遠くに行ってしまう気がするです。」
「越前君?」
「僕の目標です!越前君も小さいんです!でも強いんです。」
「そっか。」

ベンチに座る壇君の隣に腰を降ろす。
すると壇君はゆっくりと話始めてくれた。

「…でも、誰も僕の事なんか気にしてくれてないです。」
「…バカ。」
先輩?」
「壇君の事気にしてるヤツ、いっぱいいるよ。南だって、千石だって。亜久津だって素直じゃないんだから。私を使いにだしたんだよ?」
「…でも。」
「でもじゃない。ちゃんとわかってるから。南だって地味だけど、この間壇君の事楽しみだって言ってたよ。伴爺だってそう。」
先輩は?先輩もわかってくれているですか?」
「もちろんじゃない。…いつも見てたよ。皆が着替えてる間も素振りしてたり、皆より早く来て、壁打ちしてたり。」

夕焼けに染まるテニスコートに影が伸びる。
私の影、壇君の影。
私の影と壇君の影は、寄り添っている。

「だからさ、自信持って!」
「そーそー!壇君は気がついてないだろうけど、少しずつコントロールも良くなってるんだし!」
「千石先輩!」
「俺もいるんだけど。」
「やぁ、相変わらず地味だね。南クン。」
、お前俺の事地味地味言いすぎだぞ!」
「だって事実だしぃー。ほら、壇君着替えておいで。んで南にたかろうよ。」
「あ、それ俺も賛成!たまには先輩に付き合ってよ、ね?壇君。」
「ちょっと!俺の事は無視なの?!」
「…僕が一緒していいですか?」
「…しょうがない。可愛い後輩も頑張ってることだし。」
「ごちになりまーす!」
「お前らじゃねぇよ!」
「ほら、行っておいで。待ってるからさ。」

「…ハイ!」



走って更衣室に向かっていく壇君を3人で見送ると、ニヤニヤ笑われた。
千石の顔がだらしなくて、思わず叩いてしまった。しょうがないよね?
「なんだよ、キモいぞ千石。」
「いやぁ、なんかちょっとした告白聞いてたみたいでさぁ。」
「バカじゃないの。あ、南。やっぱ今日は千石の財布でマック行く?」
「そうだな。千石には迷惑かけられてるし。」
「ちょっと、ちょっと!」




僕、思い間違いしてました。
よくよく考えて見れば、先輩たちもそばにいてくれました。
時折アドバイスもくれていました。

だけど、それ以上に大きくなっていく越前君の背中にどうしようもなく焦っていました。
僕は、とっても幸せです。
最初はテニス部に関係のない人たちにバカにされていたの、知っています。
だけど、それもなくなっていきました。

影でこっそり、先輩たちが”どうにか”してくれたって先輩が言ってました。
『とくに、亜久津がすごかったよ。』

僕は、とっても幸せです。
ちゃんと僕を見ていてくれる人がたくさんいてくれています。




「おまたせしましたです!…ダダーン…千石先輩どうかしたですか?」
「もうね、あんまりニヤニヤ気持ち悪いからごすっと。」
「イテテテテ…」
「壇君。」
「はい!」
「…ちゃんと、わかってるからね。」
「…はい!」
「よし、じゃあ行こうか。ほら、千石置いていくぞ。」
「あー!待って待って!」


僕は、大好きです。
テニス部も、先輩も!

もっと、もっと強くなって先輩の隣に立ちたいです。

あ、でもこれは内緒ですよ?

「壇くーん?」
「ダダダダーン!先輩、今行きますです!」