「ねぇ、誰かの一部になりたいと思ったことある?」

私は今読んでいる漫画から視線を外すことなく、後ろのソファでテニス雑誌を読んでいた日吉に声をかけた。

君はどう云ってくれるのだろう。欲しい言葉を何時でも君はくれるから…―





[体温を]






「いきなり何だ?」


わけがわからないような声で日吉が聞き返してきた。私も急に言われたらそう聞き返すと思う、うん。


「あのね、借りた漫画の女の子が


“貴方の心臓になりたかった。それなら、一緒に生きて一緒に死ねるから”


って言ったから、日吉はどうなのかと思って」


借りた漫画は笑えて泣けるからと言われて借りた。寧ろ、押し付けられた。
ソレを律儀に読んでるのがちょっと今考えると苦笑いものだ。あまり、漫画なんて読まないし。
その漫画は初めの方は笑えて、後半からシリアス展開で。
独りで読んでたときにちょっと泣いたのは日吉や貸してくれた子には秘密だ。


複雑に糸が絡み合って…たった一人ではその糸を解くことは出来ない。
でも、周りには云えなくて、自分独りで解こうとする。


遠い遠い遥か昔の約束……―


“絆”と言う“呪い”を―



優しくしてくれた人のために頑張る女の子。
愛する人のために一生懸命になった女の子。
自分を犠牲にしても愛する人を解放させてあげたかった女の子。
そんな女の子のコトバ・・・。


「は?」
「私?」
「は誰かの一部になりたいと思ったこと在るのか?」


聞き返されると思ってなかった。つか、聞き返す前に答えろよ!
私から聞いたんだから、答えて聞き返せよ。


「誰かの一部になりたいとは思わないかな……。…支えとしての意味で一部だというのならなりたいけど」


誰かの身体の一部なんて嫌だ。

その人を支える事ができる、そんな存在を望んだ。
楽しい時も苦しい時も悲しいときも嬉しいことも一緒に思える、そんな傍に入れる存在になりたい。

心臓になって一緒に生きて死にたいとは思わない。
貴方を他の誰かにドキドキさせなくちゃならないなんて死んでも嫌だ。

それに、日吉の身体の一部になるなんて考えられない。
私じゃない身体で私じゃない思考だから、私とは違う日吉なんだ。
私が日吉の一部になったらそれはもう日吉じゃない。



「で、日吉はー?」
「…同意見だ」
「だよね」


日吉なら、そう言ってくれると思った。



“一緒”だけど“一緒”じゃダメなんだ。
貴方の傍にいたい。貴方と一緒が良い。
でも、貴方と一緒にはなりたくない。



だから。


だから。







抱きしめて












そう云うと「…しょうがないヤツ」と呟いて、抱きしめてくれた。

触れられたところが熱を持つ。
女の子の彼氏さんが言ったように…ほら、貴方の一部なら、貴方の暖かさも感じることが出来ない。
優しさにも触れることもできない。その吐息も、その鼓動も。何一つ感じることが出来ない。
そんなの、地獄に落とされようとも嫌だ。


そっと腕を日吉の背中に回して抱きしめ返した。

もっと、二度と離れてしまわないように抱きしめて。




もう少しこの雰囲気に包まれて居たかったのに、ぐうぅってお腹がなった。

「うわぁ…」
「お前、なんて時にならしてんだよ」
「鳴らしたくて鳴らしたんじゃないよ」
「…ふっ」
「ふふ」
と居ると飽きないな」
「そりゃ、どうも」

雰囲気ぶち壊しなのに、それでも良かった。
貴方が傍に、隣に居て、笑っているとわかったから。

「はははは」
「ばーか」



おかしくて、楽しくて、嬉しくて、笑って。


どちらからとも無くお互いに、唇を重ねた。



抱きしめて。もっと、もっと。



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素敵企画「silent star」様に

素敵企画有り難う御座いました!


photo by NEO HIMEISM
[powerlessness]若桜 浬