目の前の鏡台を覗き込んだ。
滅多にしない化粧がまるで芸術みたいに完璧に施されたあたしの顔。
純白のウェディングドレスを着た身体はまるで別人みたい、と月並みな言葉だけど本当にそう思う。
今日あたしは結婚する。他の誰でもない、大好きな雅治と。
小さい時からずっと憧れてたウェディングドレスを、今雅治の為に着られるのが本当に嬉しくて鏡の中のあたしが笑った。
付き合い始めた時は、まさか自分にこんな日が来るなんて思ってもいなかった。
中学の頃から付き合い始めたあたし達は、それこそ呆れる位いつも喧嘩してばっかりで。
喧嘩の理由なんて毎回同じだった、あたしの意地っ張りか、雅治の女遊びのどっちか。
何度も何度も別れそうになった。あたし達はもうダメだって、何度思ったか今では分かんないくらい。
それでもその度に仲直りして、馬鹿みたいにずっと一緒にいた。
雅治から「結婚しよう」って言われた時は最初は嘘かと思って信じられなかったけど、雅治が着けてくれた左手の薬指の重みが教えてくれた。
2人で結婚式の予定を立てたり、式場を見に行くのも誰を招待しようかって相談するのも何もかもが楽しくて。
真田君が雅治のお父さんに見えたらどうしようって、2人して大笑いしてたのが昨日のことみたいに思い出す。
思い出せば苦しかった事も楽しかった事も、雅治と過ごしてきた時は全部幸せに感じるから不思議だ。

さん、さん?そろそろお時間ですよー。」

コンコン、とノック音の後に間延びした女性のスタッフさんの声が聞こえる。
扉を開けば「花嫁さん、凄くお綺麗ですねー?」と満面の笑顔の彼女に釣られるように笑みが零れた。
彼女の言葉もお世辞だと分かってても凄く嬉しくて、にやける顔でありがとうと返す。
すれば彼女にブーケを渡された。
白いアルストロメリアを基調にしてあって、ガーベラや百合が淡くて可愛いとあたしが選んだもの。
両手でそれを手にすれば、本当に今から式が始まるんだなあなんて背筋が伸びちゃって。
頑張ってくださいね、と背中を押すスタッフさんに精一杯の笑顔を向けて案内された扉の前に立つ。
いよいよ、だ。足は震えて、心臓が爆発しそうなくらいにどきどきと高鳴ってる。
立っていられないくらいに緊張があたしを包み込んで、どうにかなりそうだ。
でも、この扉を開ければ雅治があたしを待っていてくれる。そう思うと何でも出来る気がした。

扉の両隣に立っているお兄さん2人が、ゆっくりと扉を開いた。

目に入るのは眩しい光と、家族や仲良しな友達の視線と歓声と、まっすぐに道の先からあたしを見つめる雅治。
その柔らかい笑みに、視線に、きゅんと胸が切なくなってブーケを握る手に力がこもった。
一歩一歩ゆっくりと式場内にいる全ての人を見回しながら、確実に雅治のところに歩を進めていく。

「おめでとう!ー、綺麗だよ!」

「仁王くんとお幸せにねー!」

声を掛けてくれる友達の一人一人の顔を見れば、蘇ってくる思い出。
喧嘩の時には大泣きしたあたしの肩を擦ってくれた彼女も、たまにはあたしの代わりに怒ってくれた彼女も。
あたしと雅治を見て大泣きしてるお母さんも、どこか照れくさそうに笑っているお父さんも。
皆あたしを見て笑顔でおめでとうって言ってくれて、涙が出そうになった。
ありがとう、今のあたし達が此処に在るのは全部全部皆のお陰だよ。
お父さんとお母さんがあたしを産んでくれて、雅治の両親が雅治を産んでくれて、出会って、恋をして、今までずっと一緒に居てこられた。
誰に感謝しても足りないくらい、心の奥底からありがとうしか溢れてこなくて。
でも今一番にありがとうを言いたい相手は、長い道のりを歩いてきて今目の前に居る人。

…綺麗じゃな。惚れ直しそうぜよ。」

「ふふ…雅治だって。凄く似合ってるよ、タキシード。」

雅治の手を取ればそれまで身体を包みこんでいた緊張感がするりと抜け落ちるみたいに消えていった。
悪い意味じゃなくて、雅治の柔らかいベールがあたしを覆い尽くしていくように心が満たされていく。
タキシードを身にまとった雅治は本当に格好良くて、白なんて滅多に着ないから余計に違う人みたいだった。
けれどあたしに向けられる笑みは間違う事無く、やっぱり愛しくて大切で堪らない雅治で。
すると雅治はすっと徐に、胸元にさしてあった一輪のクロッカスをブーケの中にそっと加えた。
何かするなんて何も言ってなかったから、驚いて目を丸めて雅治を見上げれば雅治は悪戯っぽく笑うだけで。
クロッカスの花言葉は、確か。―思い出して、心臓が鼓動の早さを増していく。けれど今だけは、それすらも心地よくてしょうがなかった。

「汝、其の健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、
 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「……っはい、誓います。」

それでは誓いのキスをどうぞ、と神父さんは笑顔であたしを促した。
お互いに向きあって視線を合わせれば、浮かぶ笑顔。緊張した場面の筈なのに、雅治が笑ってくれるとあたしも楽しくて仕方ない。

「詐欺師がよう言うたもんやとは思うが…俺は誓う。絶対を幸せにするぜよ。」

「…うん。ありがとう。…幸せすぎて怖いくらい、幸せだよ。雅治。」

沢山の人の前で言うのは恥ずかしいけど、雅治との永遠なら世界中の人の前でも誓えるよ。
いつも素直になれないし、意地をはってばかりなあたしに幸せの意味を教えてくれた貴方に。
助けてもらってばかりなあたしだから、これからはあたしが貴方を支えられるよう、頑張るから。

「大好きだよ、雅治。」

「愛しとうよ、。」

ゆっくりとキスを交わせば歓声が沸いた。

どうか、どうかずっと離さないで居て欲しい。
繋いだ手も、あたしを抱く腕も、鋭さの中に優しさを含む視線も、全部、ぜんぶ。












楽しいことも悲しいことも
(君と全てを分かち合う事を、誓います)












silent starさまの企画に参加させていただきました!定番ネタですが、ずっとやってみたかったので書けて嬉しいです。

100曲マラソンに肖っての100題だそうですが、もう埋まったとのこと。凄いですね( ゚д゚)

この素晴らしい企画が成功される事を祈って。(081102)蜜蜂林檎