うだるような夏の日だった。

「あつー…」

思わず口をついて出た呟きは、午後ももう4時になるというのに30℃を越えた熱気の中にふわりと溶けた。
炎天下の下、バス停のガードレールにひとり座って15分。反対方面のバスがついさっき発車したところで、また時々来る車がゆるゆると流れるだけだ。バスが来ない。
この暑さに耐え兼ねてさっき買ったペットボトルのスポーツドリンクももうぬるくなってきている。喉を鳴らして、すーっと流れていった。

今年の夏の予定は0だ。さっき終わった学校の講習以外何の予定もない。
部活をやっていないあたしはこれっきりで9月まで学校にも来なければ、遊ぶ約束もない。
8月の中頃に河川敷で開催される花火大会も、仲のいい友達はみんな彼氏や意中の男の子と一緒に行くらしい。誰とも約束しなかった、というかできなかったのだ。
みんなが恋愛沙汰に騒ぐなか、興味がないあたしはなんだかひとりだけ置いてけぼりだ。

頭上の太陽は少し傾いてきてはいるものの、真っ直ぐな道路の向こうに投げ出された西の空はいまだ青い。蝉たちもミンミンとうるさすぎるくらいに鳴いている。焼けたアスファルトに揺らぐ小さな蜃気楼。夕立に備えて標準装備の折り畳み傘。街路樹の濃い緑。夏服。地平線の入道雲。

夏なんだなぁ、と思った。

ふわりと吹いた風に髪の毛がさらわれる。流れる髪を押さえて、ふと顔を上げる。と、瞬間、視線が交わった。

「あ」

半分開いた口から声が漏れた。
バス停の少し向こうで、青い自転車が高くブレーキをかける音を響かせて止まった。

「おー、。よーっす。」

「切原」

自転車を止めたクラスメートがこちらを向いて片手を上げた。

「何やってんだ?学校来てたのか?」

切原は少し離れたところで自転車にまたがって顔だけこっちに向けたまま、言った。

「さっきまでえーと、バス待ち。」

「そこ暑くねー?」

そう言う切原も額に汗を浮かべている。

「暑いよ。切原は何してるの?部活は?」

「今日はもう上がり。今光化学スモッグ出てんだぜ。」

「ほんとにー?」

あたしは見えるわけもないのに上を向いた。さっきまでと同じように濃い青の空がどこまでも広がっている。
この空気がスモッグに侵されているなんて、

「バスいつ来んの?」

「……さぁ。いつ来るんだろう。」

「なんだそれ。」

ははっという笑い声が閑散とした道に響いた。

「や、来ないんだよ。バスが。」

あたしは手の甲で額の汗を拭った。背後を乗用車が1台流れていった。

「いつから待ってんの?」

「15分くらい前からかな。」

「げ、マジ?」

マジ、と頷く。

「…ん家ってどこだっけ?」

「え、と、6丁目だけど…」

妙な沈黙が流れる。
蝉が鳴いている。それをかき消すほどの轟音を響かせて頭上を飛んでいくのは、米軍基地から飛び立った飛行機だ。

切原は空の音がおさまるのを待って、控えめに口を開いた。

「…乗っけてってやろうか?」

「いいの?切原ん家どこだっけ?」

「5丁目だし別に遠くねーから。」

切原は早く乗れよ、と自転車の後ろを指差した。
あたしはガードレールから飛び下りる。汗で腿に張り付いていたプリーツスカートがひらりと翻った。風が熱をもった肌を掠めていく。

「かわりにポカリくれ。」

「いーよ。」

手にしていたペットボトルを切原の方へ放る。切原は片手でそれを受け取った。
結露していた水滴が透明のボトルの表面から、あたしの手から、熱い空気の中をスローモーションに舞う。
その水を越して切原と目が合った。

「なんかさ、夏だね!」

ふわりと風が吹いて、あたしは髪を靡かせて、はは、と笑った。切原も青い空を見上げて、そうだなー、と笑った。

とりあえず花火大会には切原を誘ってみようかな、と思った。

これから本番を迎える夏はなんだか楽しくなるような気がする。