付き合って最初のイベントは、彼女の誕生日。
一番喜ぶものを贈りたいと思うのは、彼氏として当然の話。
とはいうものの。


「どうしたもんかのう・・・」


コートの隅にどっかり座り込んで、空を見上げる。
の好きなもの・・・と考えても、なにも思い浮かばない。
真田が、だらしなく胡坐をかいている俺に怒鳴り散らしているが、うるさいので聞き流す。


「なぁ、柳生」


タオルを首にかけ、コートから出てくる相棒にものは試しと訊いてみる。


「何ですか?」
「女っちゅーのは、何をもらうと喜ぶんかの?」
「は? どうしたんですか、急に」
「・・・・・・なんでもない」


よっこいせと立ち上がり、ユニフォームの尻を払う。
こういった話題に適しているのは誰か。




真田は、間違いなく論外。
参謀も、人のデータを取るだけ取ったらあとは放置っぽいので遠慮する。
赤也のセンスは嫌いではないが、いまいち期待できん。
ジャッカルは、無難な答えしか返ってこなさそうなので除外。
丸井は、どうせ食いもののことしか話さんじゃろ。
柳生は妙なところでロマンチストだから、俺の好みとは合わん。




「なんちゅーか・・・もしかすると俺は友人に恵まれておらんのか?」


どう贔屓目に見ても、肝心なときに役立つ面子には到底思えない。


「一人、大事な人間を忘れてない?」


クスクス笑いと一緒に、肩を叩かれた。


「・・・幸村・・・」
「こういうのは、俺が適任だと思うけど?」


その似非笑顔、怖いからやめんしゃい。


「ま、本人に聞くのが一番早いけどね」
「ん〜・・・」
さんなら、何をあげても喜ぶと思うよ」


随分と知ったような口を利く。
その余裕が、なんとなく癇に障る。


「仁王、休憩は終わりだ!」


痺れを切らした真田が、噛み付きそうな顔で俺を睨みつける。
そんな顔するから、老け顔だの時代錯誤だの言われるんじゃ。


「今行くよっ・・・と」


足元に転がっていたボールを高く打ち上げる。
青い空に黄色が、やけに眩しく映えた。






幸村の言葉に従うのは癪だが、調べてみるのが一番早く、且つ、確実な方法。
真っ向勝負も嫌いじゃないが、そこはそれ、仮にも「コート上の詐欺師」の呼び名を持つわけやから。


「二度と入れ替わりはしないと言ったでしょう?」
「せやったか?」


不満をありありと浮かべた表情で俺を睨む柳生から、眼鏡を外す。
髪を整え、ネクタイを締め直し、眼鏡をかければ、ハイできあがり。慣れたものだ。


「何しとる。柳生が二人もおったら怖いじゃろ」


諦め悪く俺になることを拒んでいる柳生の頭を、くしゃくしゃにした。


「まったく・・・」
「へぇ・・・ほんならあの話、バラしてもええんか?」


にいっと笑うと、柳生は慌ててシャツの裾を引っ張りだした。


「貴方は、本当にわたしのパートナーですか!?」
「テニスにおいては、の」


本当は、あの話もこの話もない。
以前にカマをかけてみたら、簡単に引っ掛かった。
真実一路は柳生のええところやと思うけど、疑うことも覚えんしゃい。
ま、俺は楽しいから、全然かまわんけど。






柳生になりすましのクラスに行くと、真田と話しているところだった。


「あ、柳生くん」


当然、は俺だと気が付くはずもない。
そのことに、少しだけ落胆する自分もいたが、今回に限り見逃すことにした。
目的達成のためには、バレたら話にならんからの。


さん、どうかしましたか?」
「柳生くんからも真田くんにお願いして」


くいくい、とブレザーの袖口を掴む。
そんな馴れ馴れしい態度を取るのはやめんしゃい。


「持ち物検査で没収されたものをね、返して欲しいの」
「学校への持ち込みが禁止されているものを持ってきたから没収されたんだ。返す道理がない」
「そうだけど・・・」


教室でも正論しか口にしない真田に、俺は軽く呆れる。
そんな杓子定規は、部活だけで腹いっぱいじゃ。


さん、何か没収されたのですか?」
「コンパクトなんだけど・・・友達からもらったものだから、どうしても返して欲しいの」
「化粧だの洋服だの・・・浮わついてるぞ、
「女の子だったら、気にするのは当然です!」


コンパクト・・・ああ、そういえば、花の形をした鏡を持っていたな。
昨年の誕生日にプレゼントしてもらったと、嬉しそうに話していた。


「とにかく・・・駄目なものは駄目だ」


話はこれで終わり、と真田が一方的に切り上げる。
は八つ当たりなのか、真田の背中に向かって「わからず屋!」とあかんべーをした。
俺の前じゃ、こんな子供っぽいところ、見せたことないのぅ。


「・・・・・・没収されたものは委員会室のロッカーで管理しているはずです」
「そうなの?」


よく知っとるよ。
マンガやCDを、無断で拝借しているからの。


「台帳に記入してはいますが・・・特に確認しているわけではないので、一つなくなったところでわからないでしょう」


返してくれなきゃ、かっぱらってくればいいだけのこと。


「委員会室か・・・」
「私も風紀委員ですから、後でロッカーの鍵を借りてきますよ」
「ええっ? いいよ、柳生くん。迷惑かけちゃうよ」
「今更ですよ。乗りかかった船と言いますし」


の大事なものを、悪者(真田)から取り戻す王子様をやってやろうじゃないか。






決行は放課後、ホームルームが終わったあとに、に目で合図を送る。
はこくんと頷くと、帰るふりをして俺に続いて教室から出てきた。


「なんか・・・ドキドキする」
「そうですか?」
「悪いことしてるって感じ」


横をちょこちょこついてくるに、俺は小さく笑う。
こんなことくらいで素直にワクワクできるは、本当にかわいい。


「ありがとう。本当に優しいね、柳生くんは」
「・・・・・・そうでもありません」


自分でしでかしたこととはいえ、他の男を褒めるところは面白くない。
眉を顰めた俺に、は怪訝そうにしている。


「私は鍵を借りてきますから、さんは先に委員会室に行っていてください」
「うん。わかった」


は大真面目な表情で首を縦に振ると、「あとでね」と言って委員会室へと向かった。


「・・・・・・何しとるんじゃろ」


を見送り、職員室からうまいこと鍵を借りだす。
成り行きとはいえ、どうしてこんな展開になってしまったのか。
肝心要のの欲しいものは、結局わからずじまい。
どうしたもんかの、と考えながら委員会室の扉を開けると、果たしてそこには、顔を真っ青にしたの姿があった。






頭をよぎったのは「バレた?」という不安。
自分の身なりを確認して、それはないと安心する。


さん、どうしました?」
「あ、やぎゅ・・・くん・・・」


震える声で、柳生の名前を呼ぶ。


「何かあったのですか?」


質問に、の指先が答える。
指差した場所では、俺の姿をした人間が、女子生徒に告白されていた。


「なっ・・・・・・!」


さすがの俺も、これは予想できんかった。
俺の格好で困惑している柳生は、どうにか必死で断ろうとしている。


(あンの・・・バカ・・・・・・!)


なんで逃げるなり何なりしなかったんじゃ。
のこのこ呼び出されてるんじゃなか!
蹲るに、うろたえる俺(柳生)。
声でもかければ女子生徒も逃げ出すか。
咄嗟に決断した俺は、飛びつくようにして委員会室の窓を開ける。


「だって雅治のことが、ずっと忘れられないんだもんっ!」


女子生徒の叫び声に、俺の動きが止まる。
最悪、の二文字が目の前に突きつけられた。


「仁王君っ!」


固まっている俺に、柳生から怒りの抗議。
そりゃ、怒るだろうよ。俺だってびっくりじゃ。
女子生徒は他の人間に驚いたのか、その場から逃げていく。


(おーい、この状況をなんとかしていってくれ)


虚しくも、そんなことを考えてみる。
我に返った柳生は、大股で俺のもとまで進んでくると、


「こんなことは、金輪際お断りですっ!」


乱暴に眼鏡を奪い取り、足音も荒く立ち去った。
委員会室に残された俺との間には、当然気まずい空気が漂う。


「や、柳生くん・・・? え?」


は、窓の外と俺を交互に見比べる。


「こっちは柳生くんで・・・あっちは仁王くん・・・でも、声・・・? あれ・・・?」
「本物の仁王はこっち。俺じゃ、俺」
「ええええぇぇぇっ!」


半信半疑のに、俺は固めていた髪にわしわしと指を通す。
ボサボサになった髪と、眼鏡を外した素顔、作ることをやめた声に、ようやくは俺と認識した。


(・・・・・・そんなに、印象の薄い彼氏じゃったかのう・・・・・・)


「な、なんで・・・?」
「ん?」
「どうして、柳生くんのふりなんか・・・」
「それは・・・・・・」


まさか、の欲しいものを探り出すため、なんて言えない。


「気まぐれ・・・じゃな」


照れ隠しと誤魔化しのために、俺は顔を背ける。
次の瞬間、がすっくと立ち上がり、思いっきり俺の頬を平手で打った。
不意をつかれた俺は、ふらりとよろめく。


「イッテ・・・・・・・・・うおっ!」


間髪入れずに、今度はが胸に飛び込んできた。
完全に勢いに押された俺は、を受け止めたまま床に座り込む。


「なんじゃ・・・」
「仁王くんのバカッ! 大ッキライ!!」


言葉とは裏腹に、の腕は俺の背中に回され、力いっぱい抱きしめられた。


「おいっ!? ?」


引き剥がそうと腕に力を込める。
は、嫌がって額をぐりぐりと俺の胸に擦りつけてくる。


「・・・・・・・・・・・・泣いてるんか?」
「泣いてないっ!」


まさかと思って訊ねてみれば、がばりと面を上げる。
頬を真っ赤に染め、泣くのを懸命に堪えているのか、瞳の中で俺の姿がゆらゆらと揺れていた。


「・・・・・・悪い」
「どれだけっ、どれだけ胸が痛くなったかわかるっ?」


真っ直ぐで射抜くような眼差しに、俺は、何もわかっちょらんかったということを自覚した。


「だから、すまんて」
「そんなの、全然謝ったことにならないっ!」


ころり、と大粒の涙が一つ、転がり落ちる。
甘い言葉なんかなくても、明確な行動なんてなくても、は全身で俺のことが好きだと伝えている。





耳元で名前を呼ぶと、反抗するようにぶんぶんと首を左右に振る。


、ちゃんと俺のこと見て。の顔、ちゃんと見せて」


両手を頬に添えて、こつんと額を合わせる。
零れていく雫がまるで宝石みたいで、壊すのが惜しい。
唇で掬うと、の体がびくりと震えた。


「俺は、に愛されとるの」
「・・・・・・仁王くんのことなんか、嫌いだもん」
「そんなに好きか」
「だから、嫌いって・・・」
「俺がのこと好きじゃから、も俺んこと好きって言いんしゃい」
「嫌い」
「・・・意地っ張りめ」


の「嫌い」は、「好き」の100倍の気持ちが込められている。
何度でも、幾らでも、俺を嫌いと言って。
は、詐欺師の彼女だから。







付き合って最初のイベントは、彼女の誕生日。
一番喜ぶものを贈りたいと思うのは、彼氏として当然の話。
が一番欲しいものは何かって?










そんなもん、俺に決まっとる。