微睡む夢の中
幸せな、僕ら
Photo by Encyclorecorder/Plan by silent star










































幸せって、何よりも身近で
何よりも大切なものだと思うの
だから、今が幸せって言うのは
とっても素敵なことだと思うわ



屋上にふらりと向かう。
今日は少し風が強い。
軋む屋上の扉を力を込めて押す。
屋上に出た瞬間に風が髪を攫っていく。

「風が強いのね」

髪を押さえつけながら、居るはずの人に声をかける。

「そうだね」

返ってきた返事に微笑みながらゆっくりと歩き始める。
扉の閉まる重たい金属音が背後で聞こえた。
ゆっくりと歩いていくと生い茂る緑が目に入る。
その中に囲まれてその人はいた。

「好きなのね、ここ」
「落ち着くんだ、緑に囲まれてると」
「精市らしいわ」

幸せそうな表情に自然と笑みがこぼれる。

「行きましょう、みんなが呼んでるわ」
「そうしようか」

振り返りながら立ち上がった彼に腕を掴まれて引き寄せられる。
突然のことでバランスを崩した私は彼の胸の中にすっぽりとおさまってしまった。
誰かに見られたらと言おうと顔を上げた瞬間に触れる。
本当に一瞬だけ、触れるだけの口付けに目を見開く。
恥ずかしくなって、顔を俯ける。
そんな私を見て笑ったのだろう。
クスクスと言う小さな笑い声に顔を上げる。

「もう、いい加減にして」
が可愛いからだよ」

そう言われたら何も言えなくなってしまう。
彼に可愛いと言われたら何も言えなくなってしまう自分が居る。
それほどに彼が好きな私が居る。

「ほら、部員が呼んでるわよ」
「はいはい」

小さな毎日が幸せだった。



彼が入院してから、私は彼の病院には行かなかった。
それが私の願掛けであったから。
電話も手紙も何にも私はしなかった。
テニス部の真田君とかに頼まれたこともあった。
「会ってやってくれ」と。
けれど私は会わなかった。
だって、会ってしまったら安心してしまいそうで。
暖かくて優しい彼を見たら、私が泣いてしまいそうだったから。
どんなにたくさんの人に、どんなに彼の大切な人たちに頼まれても私は行かなかった。
彼が無事に戻ってきてくれることだけを私はずっと祈っていた。
ただ、それだけを私は願っていた。



屋上にふらりと向かう。
今日は晴天、微風。
軋む屋上の扉を開けて、屋上に出る。
少し歩いて緑の生い茂る空間を見つける。
温かい日差しに喜んでいるように揺れる緑。
そっと手で触れて、愛でるように撫でて。
傍にあるベンチに座って、ゆっくりとまぶたを落とす。
草木のざわめきが私の子守唄となった。


優しい笑みを浮かべる彼と、幸せそうな私。
会えない時間が長く、久々の再会に涙をにじませる私。
会いたかったと縋りついて、彼の腕に包み込まれて。
触れるだけのキスじゃなくて、温かいキスをして。
赤くなって笑って、元気な彼に涙を流して。
彼は小さく耳元で囁く。




意識が現実に引き戻される。
彼は今ここに居るはずは無いのに、包まれるこの腕は何?
状況が理解できずにただ固まっていたら、もう一度、

「ただいま、

耳元で聞こえた。
彼の会いたかった彼の声が聞こえた。

「精市」

声が震えてた。
次の瞬間には涙が溢れていた。
落ちた涙は私を抱き締めている腕にぽたりと落ちた。
「会いたかった」
その一言すらも喉に詰まって出てこない。
ただ何よりも嬉しくて。
ゆっくりと腕は外されて、ぬくもりが遠ざかる。
とっても不安になって、私は慌てて

「精市!」

彼の名前を呼ぶ。
次の瞬間には元気そうな彼が私の目の前に居て、

「会いたかった、
「精市!」

私は立ち上がって、彼に抱きついた。
もう涙は止まらない。
優しく抱きとめてくれた彼に縋りついて、ただ泣いていた。
大きな手で優しく背中を撫でられるたびに涙は溢れて、心の中を温めてくれた。
泣き顔のままゆっくりと顔を上げると、彼と目が合って、

「心配かけたね」

そう言ってゆっくりとキスをくれた。
会えなかった分を取り戻すような長いキスに少し息を乱しながら、目を明けて彼をもう一度見る。
ぎこちなく笑顔を作って、

「お帰りなさい」
「ただいま」

言って、もう一度キスをして笑いあった。



微睡む夢の中
(君に出会えたから、きっと)




(2008/03/08)[幸せそうな彼女と幸村の感じが出てたら嬉しいです。]
CLOSE>monochrome alice syndrome/Kasumi.W