友達へメールを打ちながら、不意に着信音と一緒にディスプレイに表示された名前を見て、私は思わず携帯を取り落とした。
ベッドの上でぽんと跳ねたそれを今度は引っつかむと、慌てて受話ボタンを押して耳にあてる。

「もしもし、手塚君?」
『久しぶりだな、

向こう側から返って来た声に思わず顔を綻ばせて、うん、と答える。

手塚君から連絡が来なくなって、二ヶ月くらいが過ぎていた。

高校を卒業して、私は地元のテニスで有名な大学に推薦で通って、手塚君はアメリカへ留学した。私達はいわゆる、遠距離恋愛ってやつだ。
まあもともと、それほど頻繁に連絡は取り合っていなかったし、そもそも私と手塚君は菊丸君達に「恋人らしくない」っていわれるくらいアッサリした付き合い方だったから、そういうのに対して特に何か思ったりはしてなかったけど、それでも二ヶ月音信不通は今まで無かったから、ちょっとは心配してた。
メールとかしてみようかなと思ったのはテストの終わった一昨日のことで、でも考えてもみれば手塚君の方もテストだったのかもしれないと思って、結局止めたのだ。
そんな矢先の事だったから、この手塚君からの電話は正直ちょっとびっくりした。

『どうかしたか、?』
「あ、ううん。どうもしないよ。ちょっと、びっくりしただけ。久しぶり、手塚君」
『ああ。……すまない。昨日までテスト期間で、なかなか連絡が取れなくてな』
「いいよ、そんなの。私もテスト期間だったし」

丁度よかったよ、と付け加えて言うと、そうか、と手塚君は、でも少し申し訳なさそうに言った。
本当はちょっと心配してたけど、言わない方が良さそうだ。

『どうだった、出来は?』
「ん、バッチリ。手塚君は?」
『勿論だ』
「あとは結果待つだけだねー」
『そうだな。テニスの方はどうだ?』
「テスト期間中も練習あって、ちょっとびっくりしちゃった。やっぱり中学や高校とは違うね」

テストの話は早々に切り上げて、話題はテニスに移る。
いつもそうだけど、何の話をするよりもやっぱり、そっちの方が話題も尽きずにずっと盛り上がって、私達を繋げたのが『テニス』だったことを再認識する。

とはいえ、あまり長くも話していられないのが国際電話。『時差』ってものが、この世にあるのを忘れちゃいけない。
この時間だと、あっちはもう大分夜も遅いはず。
これでも好きで恋人同士になったんだから、電話を切ってしまうのが名残惜しいってのはあるけれど、気遣って切るのが本当だ。

「手塚君、時間大丈夫?」
『ん……ああ、そうだな。それじゃあ、また』
「うん、おやすみ」

いつものパターンで、電話を切る。


少し余韻に浸りながら、そっと目を閉じた。
もう何も聞こえてはこないし、母さん達も出払った家は意識すると耳が痛いほど静かだ。

「……会いたいな」

ぽつりと、呟く。
今の状態が不満なわけじゃないし、不安とかそういうのも特には無いけど――本当はちょっと不安な時もあったりしたけど、他の誰かに誘われてそれにのる手塚君って図もないな、と思い直した(手塚君が勘違いさせる、の図はすごいありそうだけど)――たまにエアメールが届いたりだとか、テレビや新聞の報道を見たりだとか、や今みたいに声を聞いたりだとかすると、やっぱりちょっと会いたくなる。
そういえば、最後に生の手塚君を見たのはいつだったっけ。

(……あ、手塚君がアメリカに飛んだ日だ)

ということは、もう一年以上会ってないことになる。
そんなになるのか、と思うと同時に、思わず零れるのは、会えない時間分の溜息。――と、耳元の携帯が鳴った。

「うわっ!……あれ?」

音に驚いて、それからディスプレイを見て首を傾げた。
そこに表示されていたのは手塚君の名前。何かあったのだろうかと思いつつも、受話ボタンを押す。

「手塚君?」
『すまん、大事な事を言い忘れてた』

大事な事って、と聞き返せば、ああ、と手塚君は一息置く。

『今度の冬休みに帰郷する予定なんだが……会えないだろうか?』

はっと目を見張る。
ものすごく、びっくりした。まさか、手塚君からそんなことを言い出すとは思っていなかったから。

?』
「へっ?あ、え、う、うん!い、いつ?」
『ちょうどクリスマスイブになると思う。……年明けまではいるつもりなんだが、どうだろうか』
「だ、大丈夫!え、と……ほ、本当に……帰って、くる…の……?」
『……?』

手塚君が、心配そうに聞く。
自分でもよく解らないくらいにいっぱいになった私は、堪え切れずに思わず泣いてしまっていて、受話器の向こうの手塚君はすごく焦ってるみたいだった。
そりゃいきなり泣かれたらびっくりするよなあ、なんて思いながらも、涙は止まらない。

なんだか、初めて手塚君を見送った時を思い出した。
中学生の時、ケガで九州に行くことになった手塚君に見送りの言葉をと思ったのを、別に今生の別れってわけでもないのに何故か私は泣いてしまって、手塚君を困らせたんだったっけ。

でも、今流してる涙とあの時流した涙は全然別物だ。だって――

「大丈夫、嬉しくて泣いてるだけだから」

すん、と鼻をすすって、オロオロしている手塚君にそう伝える。
「あのね、手塚君」と今度は私から、大切なことを告げるべく口を開く。

「私ね、自分で思ってた以上に、手塚君の事が好きみたい」

考えたってしょうがないとか、会えなくても当たり前だとか、そんな風に考えて
きたけど、やっぱり考えてみれば不安は尽きないし、会えるとなれば泣いちゃうくらい嬉しい。
知らずに我慢してただけで、本当は毎日だって声を聞きたいし、メールだってほしい。
したいことは全部我が儘だけど、それを全然聞いてほしいと思うくらいに、でも言ったら困らせて嫌われそうで怖いくらいに、それくらいに、好きみたいだ。

『……どうやら俺も、そうらしい』

耳元で聞こえた言葉に息を飲む。
それから笑って、一緒だね、と言えば、一緒だな、と返ってきて。

「それじゃ、待ってるから」
『ああ。俺も、に会えるのを楽しみにしている』

最後の一言。
驚いてるうちに、それじゃあな、と電話は切られて、私は言葉を返し損ねた。

やられた、と思いながらも、私は微笑む。
それから、今度電話するときは私も下の名前で呼んで驚かそうと思った。



『離れ離れの時間』はもう、淋しいだけじゃない。