雨が、降る。

「・・・・ラッキー・・・・」

千石はポツリと呟いた。
怪しい空模様だと思って、
────小腹が空いていた、ということもあったが・・・・
ファストフード店に寄り道したのが幸いだった。

(通り雨かな)

窓の外を見ながら、千石は揚げたてのポテトを頬張る。
一階の窓側のカウンター。
ぼんやりと外を眺めていれば、軒下に女の子が一人、雨宿りをしてきた。

見慣れた制服。
────その、後姿。

(────あれ?)

千石は間をおかずに、窓を軽く叩いた。
ビクリ、と反応して窓の外の女の子が振り返る。

千石は手をグパグパと開いたり閉じたりした。
ヘラッと笑う。

「あれ?」
千石くん、と微かに声が聞こえた気がした。
思わず溢した呟きだったのだろう。窓越しではよく聞こえなかった。

千石は空いている席を左手で叩く。
少女は────は、数度瞬いてからふと笑った。

は軒下を移動して、店内へと入る。

「やっほー」
千石は店内へ入ってきたに声をかける。
は笑って手を振り、カウンターで何かを注文した。




「雨宿り?」

問いかけに千石は顔をあげる。
予想通りの人物・・・・が立っていた。

「まぁまぁ座りなよ」と自分の左隣を示す。
は「お邪魔します」と腰を下ろした。

は飲み物を頼んだらしい。
────中身の色がなんとなく黄色っぽいので、オレンジジュースだと予測された。

「ソ。雨宿り。・・・・ってか、腹減ったから、ってのもあるけど」

そっか、とは笑った。
「早く雨止めばいいねぇ」と窓の外を見つめる。
肩にかかった髪がサラリと落ちた。

ざわついた店内。
けれど千石との二人は静かで・・・・ざわめきを遠くに感じて、二人だけ違う場所にいるような錯覚に陥る。

・・・・けれど、その沈黙は決して重いものではなく。

二人は窓の外を、なんとなく眺めていた。
雨を。
────そこに歩く人達を。

「人間観察?」

それが千石に向けられた言葉だと気付くのに、少しばかりの時間が要った。
千石は、声のほうへと向く。

当然、というかがいた。

「ウン、なんか、見ちゃうな」
千石の答えに「あたしも」とが笑う。

「なんか・・・・面白いよね」

一人の人。
二人の人。
もうちょっと大人数。

男と女。女の子同士。男だらけ。
ちびっこ、大人・・・・。
────様々な人達。

「当たり前、と言えば当たり前なのかもしれないけど・・・・」

が口を開いた。
ポツリ、ポツリとした呟きは決して大きくなく、ざわめきの一部となる。
・・・・けれど呟きは千石へとちゃんと、届いた。

「もう二度と会わないかもしれない人達だけど、あの人達にもあたしみたいに友達がいたりとか、人生があったりして・・・・
 生きていって、日々を過ごしていくんだよなぁ、とか」

────それは心底、不思議そうな呟き。

「あたしが知らないだけで、あたしのいない場所でもいろんな人が生きてて、
 ────あたし以外にも、人生があって」

「・・・・・・・・・・」
千石はの言葉を、聞いていた。
────声音はとても柔らかく、耳に心地いい。

「不思議だなって・・・・」
・・・・言って、ははっとした。
千石へと顔を向ける。

「思ったり思わなかったり、して・・・・アハハ」
冗談だよ、と誤魔化すようには笑う。

笑うに、千石も笑う。
────冗談っぽく、でなくて。
同意の笑み。

「うん。・・・・ホント、不思議だよね」

千石はから外へと視線を戻した。

雨は中々止まない。
────むしろ、雨足が強まっているようにも感じられる。

「・・・・止まないねぇ」
は呟いた。
ずずっと音がしたから、買ったジュースも残るは氷ばかりなのだろう。
ちなみに千石も・・・・というか、千石は、と言うべきか・・・・とっくに、食べ終わっていた。

ざわめきの中の、静かな時間。

重くない沈黙。
・・・・ただ、隣にいるだけの・・・・心地いい、沈黙。

「────しょうがないから、諦めて帰ろうかな」

ポツリとしたの言葉。
千石は視線をへと向ける。

「帰る?」

「? え? うん・・・・そろそろ」
千石の声に少々目を丸くしてが応じる。
トレイを持って立ち上がった。

千石もまた、立ち上がる。

「じゃ、おれも帰ろうっと」

コップや、トレイにしかれた紙をそれぞれゴミ箱へと入れる。
「ありがとうございました」という店員の声を背中で聞きつつ、外へと出た。

雨は止んでいない。
・・・・一時よりは、少しは雨足が弱まったか。

「千石くんって、電車だったっけ?」
「ん? うん、まぁ」
「そっか」

は言いながらひとつ息をついた。
『さて、走るぞ』
・・・・というような気合を感じられた。

ちゃんは?」

千石の問いかけには「へ?」と振り返る。
ばっちり、目が合った。
千石は繰り返し、問いかける。

ちゃんも、電車?」
は数度瞬いて、頷いた。
頷くに「そっか」と千石は笑う。

「そんじゃ、行きますか」
言いながら、上着を脱ぐ。

千石はが何かを言う前に、その上着をへと被せた。
手首を掴む。
・・・・予想していたより、ずっと細い手首。
千石は慌てて手の力を緩めた。

「レッツゴーッ!!」

「えええぇっ?!」

雨の中、千石は走り出す。
・・・・の手首を軽く掴んで。

も、走る。
────千石が問答無用で被せた上着を落とさないように、としっかりと掴みながら。

店が並ぶ通りを人や自転車を避けながら走って。
スクランブル交差点を、青信号がチカチカしているときに渡った。

信号を渡れば、バスの停留所。
そこはしばらく軒があって、そのまま駅に繋がる階段へと続く。

バスの停留所で千石は足を止めた。
は肩で息をする。
肩で息をするに気付いて、千石は「大丈夫?」と声をかけた。
・・・・千石はほぼ、息が上がってない。

は手をひらひらと振った。
『無理』とも『心配ない』とも取れる。

千石は未だに掴んだままだった手首を、放す。
「・・・・大丈夫?」

繰り返した千石の問いかけには顔を上げた。
肩で息をしながら・・・・それでも、笑う。

「・・・・アハハッ」

声にして笑って、若干むせた。
むせてもまた、笑う。

「だ、大丈夫? ちゃん・・・・」

「大丈夫、大丈夫・・・・はぁ〜」
は深呼吸をして、少しだけ伸びをした。

「なんか、雨の中走ってくのって面白いね」

言いながらは千石を見上げて、慌てて千石が被らせた上着を外した。
「ありがとう」と言いながら「どうしよう・・・・」と停止する
千石はそっと、その手から上着を奪う。

「ちょっとは濡れないですんだかな?」
「え・・・・うん」

ならよかった、と千石が言えばはぽかんと千石を見上げた。
はっとする。

「よくないよ! 千石くんも、千石くんの上着も濡れちゃったよ!」
慌てて言うに、「大丈夫、大丈夫」との口調を真似して応じる。

「よくない〜っ」
握りこぶしを作って言うに千石は笑う。
大丈夫だよ、と繰り返した。

「面白かったから、いいよ」
「・・・・・・・・・・」

千石の言葉には沈黙で応じる。

「おれも面白かったから、いいよ」

「それじゃ・・・・また明日」
言いながら歩き出した千石。
は「風邪引かないようにね!」と声をかけた。
振り返り、千石はふと・・・・笑う。

「うん。ちゃんも、ね」

また明日、と繰り返せばは数度瞬いて・・・・笑う。

「ありがとう! ・・・・また明日!」




千石は雨に濡れた頭を振った。
雫が跳ぶ。

・・・・の手首を掴んでいた手を、見下ろした。

『・・・・アハハッ』

見下ろして、手首の細さを、思う。

『大丈夫、大丈夫・・・・はぁ〜』

────見下ろして、彼女の笑顔を思う。

『なんか、雨の中走ってくのって面白いね』

────あの笑顔と言葉と。
千石はを思って、なんだか笑えた。

たとえ雨でも嵐の日でも
彼女は・・・・もしかしたら、は。
どんなときでも楽しんでいると。
楽しむんじゃないかと、千石は思う。

たとえ雨でも嵐の日でも、は────
『楽しい』と笑うんじゃないかと、千石は何故か・・・・思わず笑顔になった。