素直になれないけれど
「たまにはお返事くらい書いたったらえーやん」
忍足の関西弁がやたらと耳に響くと思ったら、俺の肩に顎を乗せて、開いていた女子からの手紙を盗み見ていた。
「宍戸先パイのファンですーなんていう子、今じゃ鳳くらいやろ」「…殺す」
憎たらしい忍足の鼻っ柱を手の甲でがつん!と打った。眼鏡のフレームが見事に手の甲に当たっていたのでダメージは五分五分。あほらしい。
「その子、ずっと手紙くれてた子やんな?」
「まあ、な」見慣れたファンシーな封筒にいつもの小さい文字が躍る便箋をたたんでしまう。手紙とクラスと名前が記されているものの、直接渡されたことがないので、どんな子
かは見たことがない。
「このご時勢に、つつましい子やね」「だよな」
「宍戸のくっさい上履きの上に、こっそり手紙をしたためるなんてなあ」
なぜにこう、忍足の言い方は俺をからかわないと気がすまないのか。眉間にしわを寄せながら、忍足の言わんとしていることを汲む。
「ちゃん言うんやなあ。お!クラス書いてあんねや!俺、見てきたろか!」
わーいと言わんばかりに腕まくりをしてさんの教室に向かおうとする忍足を羽交い絞めにして止める。
「なんで止めんねん」「なんかダセェだろ、それは」
「ちゃんになんの返事もせえへん方が甲斐性なしとちゃうんか」もう、ちゃん呼ばわりか。
俺がレギュラーの頃から引退して今日まで、さんは自分の姿を現すことなく、手紙を届け続けてくれている。
俺の何が彼女をそんなに夢中にさせているのはよくわからないが、かわいらしい便箋いっぱいに、それなりの愛情がこもっているのは伝わってくる。
だから俺は逆に、安易に会いに行ったり、素直に「手紙ありがとう」と返事を書いたりができないのだ。
受信態勢のまま、長い期間が経ってしまった。
忍足のフットワークの軽さが少しだけ羨ましく思えたのは、ここだけの話だ。
「どーでもええけど、冷たい先輩やなあと思っただけ」
忍足の言葉はいちいち俺を傷つけようとしているように思えて仕方ない。
「お、お前さ、女子に手紙とか書いたことあるか?」
昼休み、屋上に呼びつけた長太郎に、目を合わせないようにしながら聞く。久しぶりに呼び出してこの話題かよと、自分でも情けなく感じるが長太郎はなんの疑いもせず、自分の記憶をひっくり返しているようだ。
「あ。バレンタインのお返しとかに、一言添える程度ならあります!」
「げ、そんなことしてんのかよ!!!!」「え!しないんですか?」
勢いで長太郎と目を合わせてしまってから、微妙な間が生まれ、もう一度目を反らした。お前もいい加減、俺が言おうとしていることを汲んでくれよ、自分から切り出せねぇんだよ、と無言の訴えをしてみるが、長太郎に届くことはない。
息が合うのはテニスだけか。やっぱり。
「っていうか、向日先輩がいまだに部室を使ってるんです」「はぁ」「どうにかしたいんですけど」「つまみだせ」
屋上に座り込んで、他愛のない話に切り替えられ、仕方なく長太郎の話を聞く。
「あと!跡部部長がいなくなってから、女子のギャラリーが減りました……」「まぁ地味になったもんな」「ひ…ひど……」
意識半分に長太郎の話を聞く。適当な相槌をうちながら、パンを咀嚼する。
よく喋るわりには、きちんと弁当は食べ進んでいて、きちんと消化しているせいか、相変わらずデカい。
「っていうか宍戸さん」
突然、長太郎の声色が変わる。風向きが変わったかのように、どきっとする。
「その、手紙って、例の後輩の子の、ですよね?」「あ、ああ。覚えてたのか」「んー、言っていいのかなあ」
今度は長太郎が、困ったように視線をそらした。
「……お前の、いたずらとか」「それはないです!」
さっきから、妙なテンションで話を続けているため、無言の間が妙に居づらい。
「宍戸さんたちが、引退してすぐの時に、来たんです。あの子。」「へ?」
「宍戸先輩いますか、って聞かれて、「もう引退した」って言ったんです。その時に見た、そのこの手には、宍戸さんがいつももらっていたあの封筒が………」
怪談をしているかのような長太郎の話し方にいらっとする。
「つまり手紙を直接、持ってきた、と。さんが?」「で、でも、そのさん?ていう人…」
「だから、いちいち、怪談みてぇにためて話すな!」
背筋をなぞるように、生ぬるい風がぞわっと吹く。
長太郎の顔が、言うべきか言わないべきか悩むような、はっきりしない表情で見ていてイライラする。
のっぺらぼうだったのか?ろくろ首だったとか?
お前、そんなにためんなよ。
どうせ「すごくかわいい方でした!」とかそういうオチだろ。と、色々と心の中でつっこんでみる。
「大体、3年が引退したの、学園中が知っていますよね」
「いい加減、うぜぇよ長太郎」「だ、だって言っていいのか、悩むんです」
もうそれは半分以上言っている、ということに気がつかないのか。
「氷帝の、制服じゃ、なかったんです」
よかった。顔がないわけでも、首が長すぎるわけでもないのだ。
「でも、いつも上履きのとこに手紙、入ってたぜ?」「勝手に、入ってきてるんじゃないですか」
「そりゃあびくびくするよな。直接、渡せないわけだよ、ああそうか」
一人で納得するように、何度も頷いた。
どおりで、堂々とクラス名を書いたり、そのくせ直接渡しに来なかったり、変な矛盾がたくさんで、レギュラー落ちした時にも、引退したあとにも、少し話題がちぐはぐだったわけだ。どおりで。
俺に似て、素直じゃねぇな、さん。「なんか、返事、書いてみたくなったかも」
「どうやって渡すんですか?学校名、わかんないですよ?」
「え?俺の下駄箱に置いておいたら、その内、気付くんじゃね?」
なぜか長太郎の目がキラキラしている。
「少女漫画みたいですね!宍戸さんらしくない!」「お前、忍足に似てきたな」
わざわざ便箋を買いに行くのも恥ずかしいので、さんには申し訳ないが、いつものルーズリーフを机に広げた。
今までさんからもらった手紙を、ひとつずつ思い出していく。
2年の夏すぎからだから、ちょうど1年分だ。素直に書かれていた教室に行ってみれば、さんがいないことはすぐわかったはずで、
名前で探してみたら、この校舎内にいないこともすぐわかったはずなのだ。
この1年で俺の身辺はいろいろと目まぐるしく変わったなぁ、と思いながら、それでもいつでもさんの手紙は届いていたことに気付く。
毎月、こっそりと俺に手紙を届けるために、この学校へ忍び込んでいたのだ。
つつましいのか、堂々としているというのか、よくわからない。
一番上の行に、と宛名を書いて、「さん」にするか「様」にするか、「ちゃん」にするか悩んだ。
悩んでいるうちに、誰かに見張られている気がして恥ずかしくなって、ルーズリーフをぐちゃぐちゃに丸めて、ゴミ箱へ投げた。
無理だ。
恥ずかしすぎる。
っていうか、紙に向かって赤くなっている俺が、ダサすぎる。
宛名を書くのをやめることにした。
どうせ、誰宛かは、当人同士ならばわかりそうなので、いらないじゃないか。
「いつも 手紙 ありがとうございました」 と新しいルーズリーフに書いて、また、ぐちゃぐちゃに丸めた。
敬語で書くものなのか?手紙って。
かといって、文字で「ありがとな」も変な話である。
大体、ボールペンで書くと、たくさんの文章を書かないと、このルーズリーフは埋まらないことに気がついた。
この細い字で書き尽くすほど書くことがない。
先の太いペンを探して、油性ペンしか教室にないことに気がついた。
一言だ。男らしく一言で書けばいいのだ。
油性ペンのキャップをぬく。キュポ、と間抜けな音がして、勇む俺を小ばかにしたようで、気が抜ける。
すごく汚い字で、「次は 直接こいよ」と書いた。
誰にも見られないように、瞬時に折りたたんで、帰りしな、下駄箱に入れた。
「宍戸、ちゃんとはどうなったん?」「どうもならねぇよ」
相変わらず、忍足がつきまとってくる。女子の話になると、靴の裏にひっついたガムのようにうっとうしくつきまとうのだ。
「はよう、教室行ったりいな」「行かねえし、しゃべらねえし、返事もかかねえ」
長太郎とのやりとりや、手紙とは呼べない手紙を書いた話は、誰にも言っていない。
さんと俺の意地の張り合いはいまだ、続いている。
あの汚いルーズリーフのメモを見たさんは、綺麗で細かい字の手紙を相変わらず上履きに忍ばせてくれており、不法侵入を続け、
俺は二度と手紙なんか書くもんか、と思いつつも、さんの素性に興味を持ち始めている。
どちらが先に折れるかはわからないが、
この誰も知らない意地の張り合いは、もう少し続きそうである。
END
2008.07.17 未祐(LEMPICKA)
今回は企画に参加させてくださり、ありがとうございました。
お楽しみいただけたら、幸いです。
どうもありがとうございました。